2006年08月28日

(回想)人生のリセット

はさらに移住前に遡る。

年も前に田舎暮らしが流行りだした頃、自分の生活は毎日忙しいながらも充実していて、「そんな生き方もあるのかな」くらいに他人事に考えていた。その後何年かが経ち、ある日、子供のころ漠然とあこがれていたニュージーランドに移住してみようと思いついた。いま考えると、いろんな事に疲れ、疑問を感じ、嫌になり、でもそれではダメだと自分を叱咤し、一度人生をリセットしてみたくなったのだと思う。大きな決意だったが、それはあくまで軽く、しかし力強く、唐突に固まった。

きっかけは、会社の人事異動であった。

の時点で、既に会社生活に疑問を持ち始めていたものの、途中で自分の仕事をほっぽって会社を辞めて、何か新しい事をやるんだ、などという考えを意識した事はなかった。普通に仕事を頑張っていれば給料は入ってくる、大きな失敗さえしなければ、少なくとも生計という観点では人生流していける、そして、そういう考えに実際、既に流されていた。だが、いざ人事異動で自分の担当していた仕事から一旦きれいに開放されるのだという事が決まるや否や

「今だ!」

と思った。今考えるに、青天の霹靂というほどの大きな異動でもなかったし、そんな事はそれまでにも何度か経験していた。だが、この時は何かが飽和していて、その飽和している「モノ」をそのままの状態に放置しておく事が出来なかったのだろう。一晩、色んな事を考え、上に述べた決意が自然と固まった。いや、実はそれほど考えもしなかった。少しずつ自分の中に蓄積していた何かが、堰を切ったように流れだしたというだけの事だった。そしてその流れは「ニュージーランドへ移住する」という極めて具体的な方向性をも持っていた。

向性は具体的だったが、何をどこから始めるのか、その時点では検討もつかなかった。とりあえず、その夜は何年か前にやはり退職して起業している友人と会い、翌日は上司にこれを機会に退職したいとの意思を伝え、その翌日休みをいただき、両親に会いに行った。
母親は唐突に帰ってきた私を見て開口一番

「結婚するのか?仕事やめたのか?」

と聞いてきた。

は、両親に、「ラッキーな事に自分の人生にも転機が訪れ、会社を辞めて新しい挑戦をするチャンスを遂に得た」と、何かをごまかすかの様に、だがあくまでポジティブに会社を退職する決意をした事を伝え、今後の計画についても話をした。その時点ではニュージーランドに移住するという事は、実はまだ、方向性でしかなかったため、言わないでおいた。その時点での具体的な転進先は、先に述べた友人の会社を手伝うという事であり、言いようによっては、ある意味、今までの人生のコンテクスト上のさらなるステップアップにも見える。両親は、そんな私の欺瞞・迷いを知ってか知らずか、すんなりと「そうかい」でその場は終わった。

が自分の中では、ステップアップどころか、逃げ・あるいは単なるドロップアウトではないか、との疑いを払拭する事をできないまま、それでもこれは「自分自身の再生のためのステップなんだ」という意識は強く自覚していた。そして闘いがはじまったのである。

面、友人の会社にお世話になりながらも、その先にある目標に向かっては、まずはニュージーランド移住に向けての様々な課題をクリアしていく必要があった。その第一関門として、大嫌いな英語があった。

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2006年08月29日

IELTS(アイエルツ)

は、英語が大嫌いで、反感すら持っていた。非常に子供じみた考えでお恥ずかしいが、常々「何で日本人として生まれて、英語なんて学ぶ必要があるんだ?そんなもん、向こうが日本語学べば言いだけジャン」などと本気で考えていた。さすがに仕事上は英語が不要だとは思っていなかったものの、それでも英語の勉強はするくせに仕事の勉強をなおざりにしている人を見かけると「英語の勉強する暇あったら日本語でもっと仕事できる様になってからにしてくれよな。まずは他人に迷惑かけない様になってからその先の展開は考えてクレよな」などとも思っていた。そして、そうした反感から

「英語なんぞは死んでも勉強しない」

と思っていた。だが、人生をリセットしようかという人間は、それこそ一度死んだものと思って、自分にしみついた考えも一度きれいにクリアしなければならないのは当然である。私の場合、この事をニュージーランドへの永住権申請を通して有無を言わさず思い知らされた。

ュージーランドの永住権を技能移民カテゴリで申請するためには、いくつかのハードルがあるが、最初の難関としてIELTSで6.5以上というのがある。数年前までは一般技能移民でもIELTSは5.5程度、さらにその前、10年程前は英語の前提すらなかったので、現在はその意味では永住権取得のハードルは高くなっている。ただ現地企業で1年以上、英語環境で仕事をしている実績が証明されれば、IELTSのスコアは提出しなくても良い場合もある。だが、気をつけなければいけないのは、その場合でも審査官によってはIELTSスコアの提出を要求してくる場合もあるという事だ。このあたりは非常にあいまいで、審査官による、つまり運次第という面が否めないようだ。従って、永住権取得を確実なものにするためには、やはりIELTS対策は避けては通れない道である。個人的には、永住するのであれば、どの道IELTS6.5程度の能力は必須である、と思う。正直、その程度の英語力では実際にはまるで通用しない局面が多いと言っても良いくらいだ。勿論、生活環境や職場環境の違いもあるので、IELTSのスコアによって、その人の英語が通用するしないは一概には言えないが。ちなみに、私が日本で英語を教えてもらっていたイギリス人家庭教師(Oxford大出身:本人談)のおじさんには、

「現地でネイティブと一緒に働きたいと思うなら、最低でも7.0は取れ!」

といつもハッパをかけられていた。

ELTSはReading/Listening/Writing/Speakingの4科目からなり、各科目は9が満点である。技能移民カテゴリでの申請の条件である6.5というのは、この4科目の平均(正確には平均ではないが)が6.5以上という事になる。ネイティブで、一定以上の教育を受けた人間ならば8程度をとると言われている。もっとも、ネイティブの英語の先生などでも7.0をとれないという人も沢山いて、それが問題だとして新聞記事になったりすることもあり、この手の試験につきものの議論はある。

かし、それでもIELTSはCambridge英検と並んで、比較的信頼性の高い指標だと、個人的には思う。英語の運用能力を、読み・書き・聞き・話しという面から総合的に評価されるわけだから、単に英語の個別要素ができるだけではトータルで高得点を得る事は難しい。自分の意見をある程度論理的に、そして限られた時間の中で構築し、それを展開するといった能力が要求されるからだ。そういうOUTPUT系以外でも、Readingにおいても論理的思考能力は試される。個人的には日本的な論理性とは若干異なるスキルが要求される様に思う。

なみにCambridge英検の方は、上記4科目に加えて文法・語彙・イディオム的な問題があり、この部分がIELTSに比べてさらに難しい様に思う。日本でこの科目の対策をするのは結構難しいかもしれない。超難しいOxford大出版のHeadway Advancedなどでみっちり鍛えておく必要がありそうに感じた。日本人や韓国人は文法問題に強いと言う人もいるが、このレベルになるとそんな強みは消し飛んでしまうほど難しいように思った。特に(最近は知らないが)日本の本で学べる文法とはレベルの違った文法やPhrasal Verbが前述のテキストには目白押しで、「大変ためになる」とともに、「大変だ!勉強のし直しだあ」と思う人は多いと思う。そしてCambridge英検ではその手の問題が多く出題されるのだ。IELTS7.0=Cambridge-CAE(Cambridgeにはさらに上のCPEというのがある)といわれるが、Cambridgeの方がもっと難しいように思う。私自身はCambridge英検は模擬試験(過去問?)くらいしか受けたことがないので、実際はわからないが。

が、幸い、ニュージーランドの永住権申請のために必要なのはCambridge英検ではなくIELTSの方だ。IELTSの方は日本で買える参考書などでかなりの部分をカバーできると思う。HeadwayならIntermediate程度をしっかりやっておけば6.5を取るための素地は出来ると思うし、各社から死ぬほど出ているTOEFL向け単語集や熟語集で語彙力・表現力を磨き、文法書で文法をかっちりと固めるというのが基本で、後はひたすらリスニング・ライティング・スピーキングの練習である。ライティング・スピーキングでは文法的にきちっとして語彙をわざと難しい語彙を正しく使うことで採点官の印象をよくする事ができると言われている。また例えばThereforeとかMoreoverなどの接続語なども憶えるべきものの数はそれほど多くない(せいぜい20個程度)割には重要なので、点数のかせぎどころである。5.0や6.0あたりを目指す人ならば、これらを覚えておいてライティングやスピーキングで使うだけでもかなりの向上が見込まれると思う。これらの接続語は話しやエッセイを論理的に、または、スムーズにつなげるためのものなので、これらの言葉を正しく使える=ある程度論理的でスムーズである、という事になるからだ。

かし、6.5以上を目指すとなると、やはりそれだけでは心もとない。前述した論理性、語彙力を含む表現力・バリエーションの豊かさ、文法の確かさ、それらの能力が存分にミックスされた総合的な運用力が、より高いレベルで要求される。これらはそれぞれ個別に猛勉強しても、いずれも一朝一夕に身に着くものではないし、かつトータルで総合力が高まらないとスコアにはつながらない。例えば、いくら単語や熟語を一生懸命憶えて、対訳がすらっと出てくるようになったとしても、肝心の意見や論旨の骨組みが稚拙だと、せっかくの語彙を使えず、アピールできない。つまり内容自体が単純で簡単な事を言おうとしたり書こうとしているといつまでたってもせっかくの学習成果を発揮できないのだ。語学学校などで見かけたクラスメートで5.5や6.0あたりで伸び悩む人はこのあたりでつまづいている人が少なくないと思えた。そしてそれは若い人に多く見られた様に思う。逆に年配の人は意見や論旨を論理的に組み立てる能力や母国語の語彙が豊富なため、いいたい事や書きたい事は充分に高いレベルですぐに組み立てられる。だが、それを英語に変換するというところで苦労する。つまり単語を憶えたり、熟語を憶えたり、スピーキングの時には即座にそれらを変換できるスピードといった、記憶や反射神経的な部分だ。年配の人(私自身もそうだったが!)にとって、これが一番つらいところである。だが、いずれの場合も、普段から色んな社会一般の時事問題などに関しての意見を色々な難しい言葉や言い回しを使いながら組み立てる練習が非常に重要になってくるという事はいえよう。

、私自身の経験を通じて考えた事を色々とエラソーに書いてしまったが、私自身、IELTSではまさに血の滲むような苦労をしたのだ!今後、何回かに分けて、そんな私のIETLS奮闘記をお送りしていきたいと思う。

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2006年09月01日

ニュージーランドの車事情

ュージーランドは車社会である。人口に比して、日常的に運転するドライバーの割合は日本よりも多いのではないかと思う。車の所有率という意味でも上を行くかもしれない。公共の交通機関が貧弱なせいであるが、そのくせ、自国には自動車メーカーはなく、せいぜいお隣のオーストラリアのホールデンがあるくらいだろうか。さらに、サラリーマンの給与の水準がまだまだ低いせいもあってか、ピカピカの新車で車を買う人に比べて中古車で済ませる人が圧倒的に多い。

もそもいわゆる第二次産業が、先進国とは思えないほど発達していないためか、電化製品はもちろん、フライパンや鍋、食器、衣類など何かにつけて輸入に頼っている様である。従って、何を買っても舶来品になるわけであり、割高な様に感じる。最近は中国から大量に物品が入るようになり、以前よりは価格破壊が進んでいるのかもしれないが、平均的な給与水準に比した物価という観点では、日本よりも高く感じている人は多いのではないだろうか。

ういう状態なので人々は何かというとセカンドハンドを利用する。電化製品でも衣類でも鍋一つでも、グラス一つでもスプーン、フォークに至るまでセカンドハンドショップで揃わないものはない。使えるものは本当に使えなくなるまで市場にでまわり、それを買ってすませる人が非常に多いように思う。ある意味、この国の美徳とも言える一つであると思うが、車など、元値が高額なものになればなるほど、当然この傾向はさらに強まるのである。

んなニュージーランドにとって幸いしているのか、誰かを儲けさせているだけなのかは知らないが、間違いなくニュージーランドの車事情に大きな影響を与えているのが日本での車の消費の仕方であろうと思う。日本でも中古車以外バカバカしくて買う気がしない、という人もいるだろう。だが、新車で買って、2年落ち3年落ち、せいぜい5年落ちくらいで売り飛ばし、また新車を買いなおすという人が多いのではないだろうか。5年落ち以上になってしまうと、下取り価格が馬鹿馬鹿しくなるほど下がってしまい、そうなる前にリニューアルした方が得だ、という考えもあろう。10年落ちの車や走行距離10万キロの車など、廃車寸前のポンコツ・スクラップとみなされ、下取りに出しても逆にお金を取られるくらいなので、早めのリニューアルの方が得だ、と考えてしまうのもやむを得ないのかも知れない。車業界にすっかり乗せられているなあとは思いつつも私も以前はそう思っていた。

が、ニュージーランドに来て見て驚いた。そんな、日本でお金を取られてやっと引き取って貰ったようなレベルの日本の中古車がバンバン走っているのである。20年落ち、走行距離20万キロはざらに現役である。10年落ち走行距離10万キロくらいの車でも日本円にしたら50万円ほどする。それほど高級車でもない、普通の大衆車が、である。日本車は壊れにくくて、品質が良いという事の証明とも言えるのかもしれない(特にトヨタがダントツで壊れにくいとの評価であるようだ)が、そのレベルの車が本当に多い。日本でも、そのくらいのポンコツ車でも諸費用を入れると結局その程度かかってしまうかも知れないが、先ほど言ったように平均的な収入から考えると、なおかつ、日本の感覚で考えてみると、やはり「あり得ない・・・」と、私などは思ってしまうのである。今は(昔から?)製造されて6年以上経った車は入国できないらしいので、そういう車たちはずっと以前、ニュージーランドにやってきて、それがどんどん増殖しつつ、オーナーを代々変えながら廃車にならないで走り続けているという事になるのである。

際、以前ホームステイしていた時、ホストファザーにこう聞かれた

「何で日本はボロイ車ばっかり俺達に売りつけるんだ?」

私は「日本車は壊れにくくて優秀だから、古くても商品価値があるんですよ。おまけに日本人はこちらで売っている様な車をタダ同然、時にはお金を取られてまで引き取ってもらって、自分はまた給料はたいて新しい車を買うんです。まるで寄付している様なもんです。感謝してほしいくらいですよ(笑)。ま、もっとも間に入っている業者に寄付してるだけかも知れませんが(笑)」という様な事を答えた憶えがある。

ゃあ、日本から自分で移送すれば良いのでは?というのもある。だが、それでも輸送費は高いし、おまけにその車のニュージーランドでの市場価格に対するGST(消費税:12.5%)を取られるのだ!なので、例えば仮に(前述のとおり、これは出来ないと思うが)10年落ち・10万キロの日本で言うポンコツを移送したしても、輸送費とそのGST含めて、結局最低でも50万円くらいはかかってしまうような計算になると思う(計算した事はないが)。だがGSTを払ってでも走行距離の少ない車であれば日本で手ごろな価格で購入して持ってくるというのはメリットがあるかも知れない。ある程度乗った後、売る場合でも日本での走行距離に対する感覚とは明らかにギャップがあるため、走行距離が少なくて見かけが綺麗であれば、それこそMintコンディション!などと言って(笑)、日本では考えられないくらいに高く売れるからだ。だが、やはり持ち込みは、何より手続きが面倒ではあると思う。なので、結局、手ごろな価格でてっとり早く車を手に入れようとすると、現地の個人売買や中古車ディーラーで、日本にいたら絶対に買わない様な古い、走行距離が凄い、でも結構な値段の、車を買う事を余儀なくされるのである。

んなボロボロな車ばっかりで大丈夫なの?と心配になってしまうのだが、意外と大丈夫な様なのである。日本で言う車検にあたるWOF(Warrant of Fieness)を半年に1回通さなければならないので、最低でも半年に1回は整備を入れる人が多いせいであろうか。車検を通すだけならば、数千円で済むが、古い車だとたいていどこか引っかかるので整備を入れて、もう少しかかる。それでも平均したら5千円程度じゃないかとは思う。日本だとユーザ車検はともかく、ディーラーなどに持っていったら軽く10万円は飛んでいくことを思えば、割安な様にも見える。が、所詮ユーザ車検レベルの車検とも言えるので、そう考えると逆に割高かも知れない。勿論、車のコンディションによっては、しょっちゅう大整備をいれなければいけなくて、というのはあるだろうし。割安感があるものとしては、保険についてもそうだろう。こちらでは人身事故に関しては国の制度であるACCという保険制度でカバーされるため、日本で言う所謂任意保険に人身事故分は含まれていない。その分、やはり割安な様には思うのである。しかも、人身事故が国の保険制度でカバーされているせいか、そもそも自動車保険に入らない人も多いみたいだ。そうすると割安感はさらに高まる事だろう(笑)。そんな保険に入っていない相手にぶつけられた場合でも自分が保険に入っていれば補償されるタイプの保険があるくらいなので、保険に入ってないでぶつけても支払能力がなければ逃げ切れるという事なのだろうか、と未だにこの辺りはよくわからないのであるが。。。

ュージーランド移住前はポンコツ車なんて怖くて買う気が全くしなかった私も、今は19年落ち、走行距離(推定)20万キロ以上のポンコツ車に乗っているが、全然不便を感じない(いや強がってるだけかも知れないが・・・)。人間、環境が変わるとそれに応じて適応できるということか(笑)。今では、日本にいる時にいかに車業界(国策かも知れないが)に踊らされていた事だろう、などとすら思ってしまう。だが、やはりポンコツはポンコツである。色々と不調はあるし、いつ壊れるか、という不安もある。
今後、カーライフについてもお送りしていく予定である(故障日誌になるかも知れないが)。

ニュージーランドの免許事情につづく)
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2006年09月05日

(回想)ニュージーランドの免許事情1

住後数ヶ月が経ったある日、いつまでも日本で取ってきた国際免許だけじゃ色々と不便なので、ニュージーランドの運転免許を取得する事を決心し、AA(日本で言うJAFみたいなところだが、免許は警察じゃなくて、この機関が仕切っている)に行き、学科試験を申し込んできた。ここニュージーランドでは、運転免許はかなり若い年齢から取れる(確か13歳だか15歳だか)のだが、観察期間みたいなのが長くてゼロからとると結構大変な様である。だが日本の免許があれば変換モードでショートカットできるのだ。それでも学科と実技は受けなければいけない。語学学校で知り合った移住の先輩中国人に学科について聞いたら「チョー簡単アルネ。問題集の問題と同じのが出るからそれを憶えるだけでOKアルヨ。問題集明日持ってきてあげるアルネ」るんるんとの事だった。おお、なんと親切な!ぴかぴか(新しい)と思ったが、サクッと忘れられそうな予感がしないでもない・・・。まあその時は20何ドルかで問題集買うしかないかと思ってとりあえず申込をしに行ったのだった。

込をすると、その場でまず視力検査をされる。日本の免許センターにもある、あの覗き込む機械だ。覗いてみるとなんだか文字が並んでいる。で、左上から

上、下・・・ちっ(怒った顔)

などと読んでいくと担当のにーちゃんが

違う違う!文字をそのまま読むんだよ!上とか下とかじゃないよ!ったくダッシュ(走り出すさま)

などと言う。ヤな感じだ。だが、うーん、確かにバッド(下向き矢印)そういえばこっちの目の検査は日本のと違うって何かで読んだな、と思ったが、たまたま最初の文字が丸型が連続していたのもあり、すっかり勘違いしてみっともないことこの上なし。再度覗いてみたが、すごく見にくくて「○○・・・」と全部同じにしか見えない。で、テキトーに言ってると、

「君、本当に見えてる?単に憶測で言って無いかい?全然違ってるよ!」ダッシュ(走り出すさま)

と来たもんだ。図星をつかれてハイ確かに見えてないのでテキトーに言ってましたあせあせ(飛び散る汗)とは言えないが本当に見にくかったので「なんかレンズが脂ぎってて見にくいでつ」というとティッシュをくれたのでレンズを拭いてみて再度チャレンジ。今度はさっきよりもマシだがそれでもやっぱり見えにくい。うーん、こりゃ本格的に目が悪くなってしまってるぞと思いながらも何とかクリア。面倒くさいのか、ある程度合ってたら大目に見てくれたみたいだ。ニュージーランドらしい(笑)。

その後、最近になってテレビでこの検査マシンについて議論が巻き起こっているというニュースを見た。まったく目に問題のない人がこのマシンの検査で落とされるというケースが増えているらしい。もちろん関係者はマシンの正当性を主張し、それはグローバルスタンダードなマシンなんだとしていたが、実際にショックなほど見にくかった事を実体験している私は「ははぁ」と思ったものだ。おそらくマシン自体がグローバルスタンダードでもそれを運用する側がグローバルスタンダードじゃなくて、ニュージークオリティなのだと。つまり手抜きなどで機器の調整を怠っていたり、レンズの手入れを怠ったりしているのが本当のところじゃないかと思ったものだ。

はともあれ、申込を終えたのであとは試験に備えるだけだ。問題集が入手できればちょうどその週末は3連休だったので、充分時間はあった。学科試験は200問ちょいの市販の問題集(ROAD CODE)から抜粋された問題が38問出されるだけで、問題自体は問題集に載っているのとまったく同じらしい。なので数回問題集を見直すだけで充分exclamation&questionパスできるとの事。Pull overとか、dip the headlightsなどの言い回しに最初は「は?」という感じであったが、一通り問題集を終える頃には、それらの意味も理解できた。第一ルール自体日本と似ている。だが勿論、いくつか大きく違う点がある。

かでも日本人が一番戸惑うと言われるのがギブ・ウェイ・ルールという奴だ。日本と同じで左側通行なのに、あえて右方を優先するというところから「譲り合い」の精神が、より強く現れており、それでギブ・ウェイ・ルールと呼ばれるのだそうだ。だが、この制度も最近は見直しの議論が盛んになっている。交通量が増えてくると、やはり、時に「譲り合い」の精神は合理性に矛盾し、ギクシャクしてしまうのだ。例えば交差点で左折しようとしたとき、前方で右折してこようとしている車がいるとする。ニュージーランドでは、この様な場合、自分の後ろから直進車が来ていなければ、右折車を優先させなければならない。だが、これを実践するためには、

1右前方を見て右折車の有無を確認、そして、
2自分の後方から直進車が来ていない事、さらには、
3巻き込まないように左後方の死角のチェック

と、一瞬の間にまことに忙しい。おまけにウインカーを出さない後続車も多いため、非常に話はややこしい。幸い日本ほどバイクが多くなく、左折時の巻き込み事故の確率は低いので、ついつい左後方のチェックがなおざりになってしまうため、ヒヤヒヤあせあせ(飛び散る汗)ものである。そして、実際に、そのように忙しい事をしなければいけからだろう、タイミングがずれたりして、事故が急増しているのだろう。それで、見直し議論が巻き起こっているのである。

れはそれとして、なにしろ目先の学科試験に受からなければ先に進まない。そして、学科試験の日がやってきた。それは拍子抜けするほど簡単だった。5分くらいで回答終了・全問正解ひらめき担当は、またあの目の検査の時のヤな感じのにーちゃんだったが、今回は「Excellent!」と言ってくれた。

て、学科を合格するとお次は路上の実技を予約しなければいけない。路上の実技試験は自分で場所を指定できる。だが場所によって難しいところと簡単なところがあるらしく、実際シティに近いところは難しいらしいがく〜(落胆した顔)。交通量が多くハザードが多いからそれはそうだろう。じゃあシティの近く以外だと実際にどこが簡単かというと、これについては人によって言う事もまばらなので、私は例の中国人の友人が受けた所と同じ(ホーウィック)にする事にした。実技試験の予約は大体1週間先あたりからとれるらしいので、ホーウィックが取れるなるべく早い日でお願いして、そのとおり取れた。車は自分で持ち込まなければいけないので、レンタカーを借りなければいけなかったし、コースの下見もできればしておきたかった。

りあえず試験まで1週間しかないので、まずは「運転免許の実技に使うので、きっちり整備されている車で頼む」と、レンタカーを押さえた。そして、中国人の友人にどのあたりを走るのかを聞いて見た。彼は最初地図で説明してくれていたが「今度の日曜日暇アルか?暇だったら、僕の車でコースを案内してあげるアルよ」るんるんとの親切なオファー!勿論、お願いすることにした。日曜日、彼は自分の車で私の家まで迎えに来てくれ、その後また彼が住み、また、試験のコースでもあるホーウィックにトンボ返りしたうえで、自分が走ったコースを案内してくれた。彼は、一度親切にしようと決心したら徹底的に親切にしてくれるという、そんな中国人の美点を体現している様な人であった。自分の走ったコースだけでなく、彼の奥さんが受けた時には違うコースだったらしいので、そっちのコースも案内してくれた。私はそんな彼に感謝しつつ「それにしても、よく憶えてるもんだな〜」と感心してしまった。ちょくちょく後輩移民を指導しているのかも知れない。中国人社会はこういう点で横のつながりが強いので、そういう事もありうるなあと思い、さすがと思ったりもしたものだ。私には2年も経ってコースを憶えているなんて出来ない芸当であり、実際半年くらいしか経っていない今ですら細かくは憶えていないたらーっ(汗)

は各ポイントでの注意点とかアドバイスもしてくれ、それらがことごとく適確なのでまたまた感心して「凄いっすね!試験官になれば良いのでは?」わーい(嬉しい顔)と言うと、「イヤ英語がね・・・」バッド(下向き矢印)と急に暗くなって言う。一般技能移民で移住してきて2年経つ彼でもまだまだ英語には自信がなく、またおそらく、その事を一家の主として普段から気にしていたのであろうか。私は同じ悩みを持つ人間として少々デリカシーに欠けた事を言ってしまった事をすまなく思ったバッド(下向き矢印)。彼は私と同じ様な年齢であるため、トシをくってからの英語習得の難しさという意味で私は彼のそんな鬱屈感に共感し、やはりこの壁を乗り越えるのは中々大変そうだな、同じアジア移民としてお互い頑張ろうな、と心の中でつぶやいた。

つづく

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2006年09月11日

(回想)ニュージーランドの免許事情2

国人の友人は、一通りコースを案内してくれた後、「運転してみるアルか?」るんるんと、これまた親切なオファー!内心、少し期待していた私は、いちもにもなく、ありがとう、させていただきます、と言って、運転を代わらせてもらった。運転歴15年以上の私の運転を見て、彼は「ベリーグッド!」と言ってくれた。だが、以前書いたギブ・ウェイ・ルールが、やはり戸惑った。学科でルールを頭に入れていたとはいえ、実際に運転してみると、どうしても左折時の右折車のチェックがぞんざいになってしまうふらふら。彼はそれをしっかりチェックしてくれていて、私がチェックを忘れるたびに「右折車のチェック!」と指摘してくれた。本当に教官の様であり、そんな彼に案内してもらった私はなんと幸運だったことだろうか!わーい(嬉しい顔)

折車優先と同様、日本人が戸惑うものとしてあげられる「ラン・アバウト」という交差点がある。信号機が日本ほど普及していないニュージーランドでは、ラン・アバウトというロータリー式の交差点が多く、これを作法どおり安全にパスできるかどうかも実技試験の時の大きなポイントとの事だった。これも右方優先のルールにしたがい、ロータリーへの侵入時、右から車が来ていたら、それを優先させるというのが、その作法である。実技試験では、作法どおりに出来る事に加えて、その時に交差点がどういう状況だったか、それに応じて自分は何をしたか、を記憶しておき、それを交差点通過後、車を左に寄せて停めた上で、試験官に「正確に」説明しなければならないのだ。例えば、「車が右から来ていたので、譲りました」と言うだけではダメで、「その車はどんな車で何色だったか?」と突っ込まれるのだ!また、どんなハザード(要注意だった点)があったかも聞かれるらしい。例えば「犬を連れた太った女性が歩道を歩いていたが道路に出てくる気配はなかった」とか「通学帰りの子供が3人連れ立って歩いていたがこっちに向かっていたので道路に飛び出してくる様には見えなかった」などである。私はそれを聞いて「げがく〜(落胆した顔)、そんなこといちいち一瞬で憶えてられるかなぁ?しかも方向指示器を出すタイミングとか目視とかの基本的な運転動作に気をとられてるのに」などと大いに不安になったものだ。なので、この練習は30分ほど繰り返し繰り返しさせてもらった。それでも少々不安は残ったが、経験させてもらっただけで充分ありがたかったし、後は試験当日の朝に自分で練習しようと思った。練習すべき点がとてもクリアになり、彼(中国人の友人)には本当に感謝しなければならない。

習を終え、感謝のしるしに食事でも、と思い、彼を誘って見たが、家に帰らなければ奥さんに叱られるとの事で自分の住むホーウィックから、私の自宅まで送ってくれ、さらにトンボ返りでまたホーウィックまで帰っていった。

して試験当日。レンタカー屋はニュージークオリティそのもので、予想はしていたが、時間に遅れてやってきた。試験は午後3時からでレンタカーは朝一番から借りていたので、時間に余裕はあったが、もしぎりぎりだったら危ないところである。おまけに迎えに来た車は1台しかなく、後部座席には子供が座っている。どう考えても、すんなり車を貸してくれる状況には思えないぞと思っていると、案の定、

「ごめんなさい、本当は旦那がもう一台の車で追従してくるはずだったんだけど、手違いがあって、こういう形になってしまったの。子供を学校まで送ってから、事務所に行って、そこで車を貸したいんだけど良いですか?」

などと言う。まあしょうがないので「もちろん!」と言ってにこやかに車に乗り込んだ。子供に「ハロー」と言ったが、無視された・・・。もうやだ〜(悲しい顔)

が走り出して数分も経たないうちにレンタカー屋のおばさんのケータイが鳴り、なにやら中国語で話しだした。すると、そのうち段々、何か口調が荒々しくなってきて、しまいには怒鳴りまくりだしたむかっ(怒り)。中国人の女性は非常に気が強く激しいというのは聞いていたが、間近で怒り狂う様を初めて見た私は恐怖に慄いたがく〜(落胆した顔)。中国人男性と女性の話になると必ず言われるのが「次に生まれ変わったら日本人に生まれたいアルヨ。なぜかって?女性が優しいからアルね!」るんるんということだ。日本の女性は、おしとやかで、優しく、従順なんだという固定観念があるらしいのだ。私はその度に「それは違うよ!そんな事は今の日本ではまったく本当じゃない。もちろん、ごく稀に古風な女性はいるけど、今は普通、女性の方が強いよ」と言う事にしている(笑)。だが、このレンタカー屋のおばさんが猛り狂う様を間近で見てみると、やはりそれは中国人男性が言う事の方が正しいというのがよくわかった(笑)。これから比べればやはり日本女性はおしとやかで優しい。日本人に生まれて本当に良かったと胸をなでおろしたものだいい気分(温泉)。話はそれたが、電話を切ったレンタカー屋のおばさんは、

「ごめんなさい、今のは旦那で、今やっと家に帰ってきたみたいなの。夜通し遊んでたみたいで・・・。それで、私頭にきちゃって・・・。こっちが一日の仕事のタイムスケジュールを考えてやってるのに、本当に良い加減な旦那で頭にきちゃって・・・」

とまだ興奮さめやらず言い募る。固まっていた私あせあせ(飛び散る汗)は、「いや、ナニその、ボクに関しては気にしてないし、試験も昼からだから、時間も全然余裕あるし、気にしないで」というのがやっとだった。彼らもアジア移民だ。奥さんが日本語を流暢に話すこともあるのだろう、中国人はもちろん、アジア人向けのレンタカー屋を夫婦で営んでいるのだろう。喧嘩をしながらも、移住先の国でそんな風に力強く夫婦でビジネスをやっているのを見ると、少しうらやましいと思うとともに、特に奥さんが真面目に頑張って、たくましく生きる姿に勇気付けられた。応援したい気持ちまで出てきて、今度また機会があったら、ここを使おうと思ったのであった。

ンタカー屋の家(兼オフィス)に着くと、問題の旦那が出てきて、何かボソボソ言っている。彼は日本語が話せないようで、私に話しかけるときは英語だった。奥さんは彼の顔を見るとまた怒りがぶり返したのだろう、ひとしきり例の調子で怒り狂いどんっ(衝撃)始めた。私は今度はもう慣れていたので「早く手続きしてくれないかなー」などと思っていると10分ほどたっただろうか(実際にはもっと短かったかも知れないが、それくらい長く感じた)、やっと手続きが始まり、書類にサインして、さあ車だ!と言う事で車を見せてもらった。車はかなり古い角型日産ブルーバード。「免許の試験を受けるとの事だから、整備はばっちりしといたアルね!」るんるんと旦那。おお、ちゃんと憶えていてくれたのね、と嬉しく思い、そうは言っても問題があるといけないのでチェックしてみた。すると、テールのブレーキランプが片側ついてない!これじゃ試験は落とされてしまうので困る、というと、旦那は「うーん、昨日ちゃんとチェックしたんだけどナー・・・などとブツクサ言いながらトランクを開けてごそごそテールランプをいじりだした。私はそんな彼につきあってる暇はないと思い、彼は見捨てて、奥さんの方に代わりの車はないのかと聞いて見た。すると奥さんは「そうね、じゃあ、あの車で良かったら」とさっきまで乗っていた車の方を貸してくれることになった。日産パルサーで、さっきのブルーバードよりは格段に新しいひらめき。多分、自分たちが使っている車なのだろう。チェックしてみると、こちらは問題なしだった。

はそれでOKだったが、ついさっきまではこのレンタカー屋を応援したい気持ちまであったのが、奥さんには悪いが、この一件で急激にクールダウンしたバッド(下向き矢印)。もし私が自分でチェックしていなかったら、運転実技の前の事前チェックの段階で落とされていた事だろう。そうすると、レンタカー代100ドルが全くの無意味になるばかりでなく、再試験でまた80ウン、ドルかかるし、さらにはまたレンタカーを100ドルくらいで借りる事になったであろう。あぶないあぶない。個人的にはアジア人の方がピュアなKiwiたちよりははるかにマシだと思うのだが、それでもやはり、ニュージークオリティはニュージークオリティだ。気をつけていなければならない。大体、あの旦那はなにか怪しいexclamation&question。実技の試験についても「ホーウィックは60キロ道路だから60キロで走らないとダメだよ」などとガセを言ってたし(実際にそのような道路もあるのかも知れないが、下見したコースは第三段階の高速走行テストのコース以外、全て50キロ道路である事を私は既に確認済みであった)。もし私が人の良いウッカリ者だったら、(50キロ道路を)彼の言うとおり60キロで疾走して、即効で試験を落としていたことだろう。このガセネタをつかませようとした事といい、テールランプの件といい、そもそも彼のせいで車を借りるのが遅くなってしまったことと言い、どれも一つ間違えば即試験を落とすという事に直結していたであろう事に気づき、「このおっさん、オレになんか恨みでもあんのか?」と思ったのであった。

あしょうがない、なにはともあれ気分を入れ替えてさあ、練習だ、と言う事でホーウィックに向かったダッシュ(走り出すさま)

つづく
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2006年09月20日

(回想)ニュージーランドの免許事情3

ーウィックに着いて、先日移住の先輩でもある友人にガイドしてもらったコースを独りで練習した。特にラン・アバウトでのハザードチェックと左折時の右折車チェックを念入りに練習したが、やはり、ハザードチェックは中々細かいところまで憶えきれているか自信を持つまでには至らなかった。だが、そろそろ時間なのでホーウィックの免許センター(AA)に向かったダッシュ(走り出すさま)

許センターのAAに着いて、カウンターに座っているおばさんに実技試験を受けに来た旨伝えると、「試験官が迎えに来るのでそこに座って待ってて」との事で待つ事にした。他に待っている人も数人おり、次々と試験官が迎えに来て、出て行ったが、私のところには中々来ない。私より後に来た人まで居なくなってから、やっとノコノコと試験官がやってきた。ここでもまたニュージーランドクオリティだ。10分の遅刻だぞ、オイ!ちっ(怒った顔)と言いたくなるのをグッとこらえて、にこやかに握手で挨拶わーい(嬉しい顔)。外に出ると、試験官は駐車場で早速車のチェックをしだした。レジストレーションやWOFのチェックをした後、タイヤの溝のチェック、ウインカーやテールランプの動作チェックを一通り終え「じゃ、行こうか」と、彼は私より先に車に乗り込んだ。

技試験は、持ち込んだ車の事前チェックの後は大体45分くらいで3段階のチェックが行われる。第一段階は、基本的なドライビングスキルとルール遵守のチェックだ。普通にスピードを守って走行し、普通に右折・左折などをするわけである。道筋は全て試験官が指示してくれる。中国人の友人の話では、交通量の少ない道で三点Uターン(Uターンしきれない道幅の道路で、一度バックで切り替えしてUターンする事)をやらされて、切り返しのバックをするときにウインカーを正しく出したり、周囲の状況チェックをしているかなど、細かいところをチェックされると言う事で、それも練習していたのだが、この時にはそれはなかった。普通にあっちを曲がりこっちで曲がり、あとはスピードを守って走るだけである。コースは友人がガイドしてくれたものとは全然ちがっていたが、まったく問題はなかったいい気分(温泉)

二段階は、いよいよハザードチェックだ。これも友人と走ったコースとは全然違う場所で、1回目のチェック。大き目のラン・アバウトでその指示がでた。練習どおりきちっとやって、ラン・アバウトをパスした後、忘れないうちにさっさと車を左に寄せて停めて説明したかったが中々止めてくれないー(長音記号1)。しばらくしてからやっと「じゃ、左に寄せて停めて」との指示が出た。なんかかみ合わないなあと思いながらもハザードを説明すると、

一つ忘れてるだろ、リヤカーを引っ張った車が後ろから来ていただろう」。

うーん確かに。憶えてはいたが、説明するのを忘れてしまった。もうちっと早く停めてくれたら記憶が新鮮だったから説明し忘れなかったろうに、とは思いながらもしょうがない、今のは減点だなと思った。ちなみにハザードチェックは2回やると聞いていた。次はまた全然知らないコースだった。今度はラン・アバウトではなく、急な坂道を上りきったところから大きな通りに合流するというもの。「右からトヨタ・ハイラックスサーフが来ていたが充分に距離があったので、その車の前で通りに合流した」などと余計な事まで言って出来るだけ詳しく説明した。今度は試験官は無言。OKとかナントカ言ってくれてもよさそうなのになぁー(長音記号1)と思っていると、細かい道をクネクネと曲がったりして、もうこの頃には自分が一体どこを走っているのかもさっぱりわからなくなった。しかもその時間帯はちょうど子供達の下校時間にあたり、わざわざ学校のそばまで行って3回目のハザードチェックさせられた。本来は2回のはずだったのだが、これは多分、1回目、少し説明が充分でなかった分の再テストであったのだろう。わざとハザードが多いところで試練を与え、敗者復活の機会を与えてくれたのかもしれなかった。何はともあれ、ここも問題なく車や児童や犬を連れた人全てについて詳しく説明でき、事なきを得たいい気分(温泉)

は第三段階で高速走行だ。試験官に指定されたコースは友人が可能性として2つ見せてくれたうちの一つで、彼の奥さんが経験したコースであった。友人の話では、2つのうちではこちらの方がワインディングである分、もう一つの直線よりは難しいかも知れないとの事だった。だが、別に普通のワインディングなので私は気にせず、ちょくちょく変わる制限速度だけを気にして忠実に走行した。曲がりくねっているとはいえ、一本道なので、試験官は特に指示も出してこない。友人が「多分ここでUターンして引き返すと思うよ」と言っていたラン・アバウトまでたどり着いたが、試験官は無言である。ちらっと試験官の方を見て見た。

!!がく〜(落胆した顔)exclamation&question

つづく
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2006年09月30日

(回想)ニュージーランドの免許事情4

らっと試験官の方を見た私はわが目を疑ったがく〜(落胆した顔)!なんと、目をつぶっている!寝ているのか!?まさか、試験中に試験官が!?驚天動地である。ワインディングロードでのゆったりした昼下がりのドライブだとでも思い、気持ちよくなって眠ってしまったのだろう。困ったが、起こすのも何だか相手の機嫌を損ねて落とされたら馬鹿らしいので、もうしばらく様子も見てみる事にし、さらに先に進んだ。10分ほどして、やっとお目覚めらしく、唐突に「じゃあ、そこの駐車場でUターンして」との事。ハイハイ、やっと帰れるんですねわーい(嬉しい顔)とばかりに、でも今は試験官お目覚めなので慎重にUターン。そしてまた走ること20分、普通の道路まで帰ってきて、そのままAAまで返るのかと思いきや、また無言。嫌な予感がして見てみると、やはり「すー、すー眠い(睡眠)」と誠に気持ちよさげにお休みである。うーむ、こまった、どうやってAAまで帰るのかわかんないんだが、と思ったが、とりあえずまっすぐな道だったのでまっすぐそのまま走る事にした。だが、遂にT字路に差し掛かり、それでも指示が出てこない。見るとやはり、

「すー、すーいい気分(温泉)
「・・・・。」

このまま道を間違えても何だし、思い切って「これはどっちに曲がれば良いのですか?あせあせ(飛び散る汗)」と聞いてしまった!試験官は、ハッっと目覚め、だが、そういう時によく人がするように(笑)、全然起きてたよ、というような自然なそぶりを装いながら、だがかなり不機嫌そうに
「右!ちっ(怒った顔)
私は吹き出しそうになるのを必死でこらえ、右に曲がった。それからは試験官は再び寝入ることなく、無事にAAに帰りついた。着いてみると予定時間の45分を20分くらい超過していて、1時間とちょっとが経っていた。やはり、第三段階のワインディングの高速走行とその後の試験官の「お昼寝」の分、無駄に走り回って時間を食ってしまったらしい。

発点のAAまで帰り着いて駐車場に無事車を停めるや否や、試験官は無言のまま、何かの紙を書きだし、差し出した。やっと口を開いて「合格。これは仮の免許証だ。実際の免許は1ヶ月以内に送られてくるから、それまではこの紙を運転の際、携行しておくようにちっ(怒った顔)」とだけ杓子定規に言って、挨拶もそこそこに去っていった。やはり、寝入ってしまったのを私に気づかれたらしい事を自覚して決まりが悪かったのか、受験者ごときに寝入ったところを起こされ、機嫌を損ねたのか、わからないが、私としてはとにかく合格したので、万々歳だったぴかぴか(新しい)

事に合格して、るんるん気分でレンタカーを返しにレンタカー屋まで帰ってきた。約束の時間まで少し早かったのでガソリンももったいないので近くに車を停めて待つ事にした。そして時間が来てから、一応電話をして、オフィスにいるかどうか確認してみた。朝の時点では「昼間は出ているけど、その頃には必ず帰っていますから」との事だったのだが、きっとまたどうせ遅れてるかもしれないと思ったからだ。電話してみると、電話の向こうでは、いかにも今運転中という感じで、「ごめんなさい、あと30分くらいかかりそうなの、もう少し待っててください」との事で、さらに待たされたふらふら。私はその日、約束があって、その後シティまでバスか電車で行かなければならなかったので、間に合うかやきもきしながらも、それでも待つしかない。そしてレンタカー屋がやっと帰ってきた時には、かなり状況は逼迫しつつあった。車をそそくさ返却して、またその車を今度はレンタカー屋のおばさんが運転して私の家まで送ってくれる。その車中、遅れた理由を語りだした。

でも、日本から新婚旅行でやってきたお客をシティのホテルまで迎えにいってピックアップし、レンタカー屋のオフィスまで向かう途中で、カップルが結婚式で贈られたプレゼントか何かを無くした事に気が付き、ホテルまで戻りたいと言い出したのだそうなー(長音記号1)。それでまたホテルまで戻ったので時間が予想以上にかかってしまったのだという事だったー(長音記号1)。おまけに、その日本人カップルは、ホテルに戻った後、結局レンタカーはキャンセルしたいと言い出して、それでもキャンセル料も貰わず、すっかり無駄足に終わったんだという。

ンタカー屋の語ったことが本当かどうかは知らないが、本当だとしたら、その中国人レンタカー屋は随分と親切なのか、はたまた日本人カップルが随分と身勝手なのか、どっちだろうと思った。レンタカー屋の話をそのまま信じると、その日本人新婚カップルは、レンタカー屋に予約し、ホテルまで迎えに来てもらってピックアップしてもらい、つまり実働させておいて、自分たちの都合で振り回したうえ、キャンセル料も払わなかったという事になる。
私はちょっと興味を覚えたし、車中暇なので会話を続ける意味でも、そういう場合キャンセル料は要求しないのかと聞いて見た。するとレンタカー屋のおばさんは「もちろん普通は貰いますけど、新婚旅行でわざわざ来たのだし、大事なものを失くしてしまった様なのが気の毒だったので、払えとは言いませんでした」との事だった。その話が全て本当だとしたら、日本人のカップルは、旅先で親切なレンタカー屋にめぐりあえて良い思い出になった事だろうと思ったものだった。彼らが、他人から親切を受けたとき、きちんと親切を受けた事を自覚できる日本人であった事を願いつつ。

つこく「本当だとしたら」というと、猜疑心の強い奴だと思うかもしれない。だが実際、可能性としては色々と考えられたのだ。例えば、極端な話、見知らぬ異国に来てレンタカーを頼んだら流暢に日本語をしゃべる謎の中国人が現れ、車に乗れという。オフィスは離れたところにあるんだ、そこで車を引き渡そうじゃないか、と言われた新婚ホヤホヤの新郎は、そこに何か疑惑と身の危険を察知した。そこで彼はかわいい新妻を守るため、急ごしらえのウソを言って、難を逃れようとしたのかも知れない。あるいは、レンタカー屋の単なる言い訳の作り話あるいは実話をアレンジしたものであり、行きも帰りも遅れた事に対し引け目を感じたおばさんが、私の気をすこしでも和らげようとした作為的ないい話だったのかもしれない。
だが、レンタカー屋のおばさんはやはり本当の事を言っていたのだと思いたいし、そう信じる事にした。そして、このレンタカー屋の旦那はともかく、この奥さんの方は、やはりとても良い人なんだ、と思った。そう考えると、あの怪しげな旦那のおかげでトーンダウンしていた気持ちもまたまた盛り返してきて、また機会があったらお願いしてみようと思う事にした。



うやって、回想しながら書いていると、免許一つ取るのにも、色々なふれあい、特に何故か今回、中国人とのふれあいが多い事に気がついた。特に大きかったのは、問題集を貸してくれたり、実技試験をコーチしてくれたりしてくれた中国人と友人になれた事だった。彼とはその後も良き友人としておつきあいさせていただいている。

たり前であるが、ニュージーランドでは移民はやはり移民であり、よそ者である。そして、しばしば「ランク」「クラス」が下だと見なされる。ひどい時には「クソアジア人めむかっ(怒り)」などとまで蔑まれ、差別もされる。そんな中、中国から移住してきた友人そしてレンタカー屋は、今回いずれも奇しくも同じアジアの同胞日本人(友人から見た私、レンタカー屋から見た日本人新婚カップル)に対して、大変な親切をしてくれている。ニュージーランドに移住してきて、気付いたのがこういう”移民同士”もしくは”よそ者同士”という関係の大事さだ。日本で暮らす中国人・韓国人と日本人の関係、また逆に中国や韓国に暮らす日本人と現地の人たちとの関係とは違うのである。移民になってみてはじめて、中国人や韓国人といった、今まではあくまで”外国人”だった人たちとも初めて同じ”移民”という立場に立つのである。移民の先輩である、中国人の友人、そしてレンタカー屋のおばさんは、いずれもこの事をとっくに知っていて、それで同じ”アジア移民”として親切にしてくれているのかな、という可能性に思い至ったとき、あらためて感謝するとともに、私自身もそうありたいものだ、と気を引き締めるのであった。

日後、「1ヶ月以内」と言っていた免許証は、予想外に素早く3日で届いた。ニュージーランドクオリティは単にいつも「遅い・いい加減」というだけではなく、このように「ムラ」のある事も、その特徴の一つである。

(ニュージーランドの免許事情:完)
ニュージーランドの車生活につづく)
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2006年10月08日

ニュージーランド移住記(留学下見編)〜準備編1〜

年前のある日、会社を辞めていよいよニュージーランドへの移住計画を実行に移すときが来た。実はこの日に先立つ1年と少し前にも会社を辞めている。その時点で既にニュージーランドに移住してみたい気持ちが固まっていたはずなのであるが、その後1年と少し別の会社で働くうちに、またその環境に流されそうになり、それだけの時間が経ってしまったのだった。だがこの時間も必要な時間であったのだろうと思う。宇宙に飛び立つロケットが何回か切り離しを繰り返しながら宇宙空間に出て行くのと同様、移住という新天地に出て行く時にも何段階かの決断が必要であった。私の場合、1つ目の会社を辞めるときに第一段階の切り離し、2つ目の会社を辞めるときに最終的な切り離しを行った様である。2つ目の会社では、ある事をきっかけに、やはり日本を出て移住するのだという最終的な決意が固まり、その会社での生活にも終止符を打つことにし、その後決心が揺らぐ事はなかった。

たつ目の会社を辞めて、いよいよ身軽になった私は、移住するにあたってはやはり永住権があった方が何かと有利であろうと考え、永住権取得のための活動も同時に開始した。だが、いずれにしても必要なのが英語力だ。永住権申請のためだけでなく、現地での生活・就職において必須となる要素である。会社を辞めたことで収入は失ったもうやだ〜(悲しい顔)が、その代わり英語習得に費やせる時間だけは豊富に得る事ができた。だが英語というものを20年近く忌避していた私にとっては、ほとんどゼロからのスタートに近しい感覚であり、年齢も年齢だし、今さらいくら時間をかけたところで英語なんてしゃべれる様になるのだろうか、とかなり不安ではあった。勿論、ある程度の文法知識や基本的な単語というのは記憶の奥底にその残滓はあったものの、リスニングやスピーキングなどはほとんど生まれて初めての経験と言ってよかったし、ライティングについても高校の時の英作文(単文)を経験した程度だ。しかも大の苦手科目であったうえ、この頃にはそんななけなしの経験もすっかり塩漬けになっていた。何も考えずに英語に翻訳できる言葉なんて冗談ではなく「This is a pen」たらーっ(汗)くらいのものであった。「This is a pencil」あせあせ(飛び散る汗)はちょっと考えないと出てこなかった。そんな中、唯一の光明は、元来英語というものが大嫌いな私にとって意外だった事でもあるのだが、人間何か大きな目的が出来ると、「死んでもやんないもんね」とまで思っていた大嫌いなものに対してさえ真正面から取り組む気持ちが生まれてくるのだという点だった。つまりやる気だけは出てきたわけだから、少なくとも頑張って前には進めるのだ、という勇気ともいうべきものである。

語がそんな状態なのに加え、事もあろうに、これから移住しようかというニュージーランドという国について私はほとんど何も知らなかった。私の心にあったのは釣り少年の頃からの漠然とした「釣り天国」というものへの憧れと、書籍やインターネットで仕入れた少しばかりの情報だけであった。従って、移住を決行するにあたっては、さすがにもう少しニュージーランドという国を知る必要があり、それには、やはり下見だ、ついでに英語の勉強もしてこよう、という風に考えたのは、ある意味自然であった。そもそもの

何故ニュージーランドに移住するのか?

という理由付けはほとんどないまま、とにかくどんどん計画を進めてしまおうとしたところは、自分でも順番がちょっとおかしい気もしたが、人生の大転換を決めるときなどそんなものさ、と考える事にした。実際、思いつきでいきなり方向転換などすれば失うものはそれなりに大きかった。今でもこの時の選択が「正しかった」のかはわからない。だがそういう転換によって現在を含む過去からの資産・蓄積を失うのか、あるいは転換しない事により未来に得られるであろうものを失うのか、見方ひとつで「失うもの」というものすら、所詮あいまいなものである。どっちが良いのかという事はどの道一生誰にもわからないことだ。だが、そういう「過去・現在のもの」を失う事に対する覚悟さえ出来ていれば、「未来に」得るであろう事(英語、海外移住、第二の人生)だけ考えて真剣に前向きに考えられるという「面白さ・楽しさ」が生まれ人生に彩りがつくのは確かな様に思えた。この、2段階目の切り離しをしたからには私にはもう3段階目の切り離しは必要ではなかった。既に2回も過去とのつながりを切り離したからには、今さら失うものの大きさを「現在・過去」と「未来」でトータルで損得勘定してみる、という事はその時の私にとってはただの小賢しい方法論でしかなく、そんな事で自分の行動を理由付けたり考えたりするのは時間の無駄で馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。独り者の気楽さであろうし、馬鹿なのはお前だ、と言われても返す言葉はひとつもないが。

つづく
posted by Dobby at 07:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 移住・永住権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月16日

ニュージーランド移住記(留学下見編)〜準備編2〜

終的に自分の気持ちを確認し、2段目のロケットを切り離し、数ヶ月間の語学留学現地下見現地生活体験に行こうという決心はしたものの、さすがにカタコトもしゃべれない、理解できない、書けないまま、おまけに全く勝手のわからない知らない国に一人旅というのでは不安が大きすぎた。大体私はそもそも旅行も苦手で、一人旅などした事もなかったのだ。そこでまずは数ヶ月ほど日本で英語をみっちり勉強して、その後現地に飛ぼうという風に計画を立て始めた。

ずはとにかく単語だった。英語といえども言葉である以上、とにかく単語が全てのベースだ。そう考え、単語とイディオムの見直しから始めたのであった。そして、リスニングスピーキングに関してはとにかく試せるだけの事を試した。英語の勉強法の本を読み漁り、ネットで勉強法を調べ漁りもした。当然、なるべく労力を掛けずして最大の効果をあげられる、しかも自分にできる方法というものを探求したのだった。私は子供の頃から、まっとうなやり方で勉強するというのが嫌いで、常に何かもっと楽にできる方法がないものかと探す性質の怠け者であった。受験の時には、ひところ流行った睡眠学習はもちろん、さらには4拍子のリズムで呼吸しながら、バロック音楽をバックに聴きながら、英単語や英熟語を耳と目で追いかけて記憶するという複雑な手法の教材にまで手を出したものだった。バイオフィードバックにより脳波をα波にする訓練は当然行っていた。そう、私はかつてオカルト雑誌?「ムー」の熱心な読者であったのだ。時にはそれらが高じて超能力開発なるものに凝ったこともあった。だが日ペンの美子ちゃんにだけは手をださなかったのが今となっては悔やまれる点ではある。こういう少年時代の経験が現在になっても私に科学的なるものに対する猜疑と憧憬のないまぜの態度をとらせる背景である事は否定しない。

の様に勉強などはオカルト的にやらないとやってられないという体質だった私にとって、いい歳になってから英語の勉強を始めようとした時にもとった行動は同じであった。最初に

これは!

と思ったのは、所謂「右脳」ものであった。良く知られているように「右脳」は感覚的行動、「左脳」は論理的思考、を司るという様に役割分担があるのだという。そして、年齢がいってからなかなか英語がしゃべれるようにならない人にとって、その最大の原因は、トシを取るにつれて、論理的思考が感覚的行動を抑えにかかるという点にあるのだ、それをまず打破しなければならない、習うより慣れろ、というのが「しゃべる」という事にとってもっとも重要なんだ、色んな本や情報を総括すると、そんな風だった様に思う。本屋で色々立ち読みをして、その能書きにすっかりその気にさせられ、その場でCD付きの一冊の本を選択した。その教材は、読まれる英文を二倍速・三倍速で聞き、そのスピードについてシャドウイングする練習を繰り返し、しかもその英文を完全に憶えてしまうまで、つまり何も考えずともお経の様に読めるようになるまで一つの文章(大体10〜20センテンスくらいか)を繰り返す、というものであった。つまり、良いといわれる「音読」「シャドウイング」「倍速」「丸暗記」すべての要素を兼ね備えた画期的な教材に見えたのであった。その時点である程度勉強法の知識だけはそれなりになっており、そんな教材を見つけた時には感動に打ち震えたものだ。そういえば、その昔(語学でも)天才と言われた空海が若かりし頃行った修行法である虚空蔵求聞持法に通じるものもあると思えた。その日から早速、修行僧の様な心持ちでこの教材に取り組み始めた。

つづく
posted by Dobby at 03:18| Comment(5) | TrackBack(0) | 移住・永住権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

ニュージーランド移住記(留学下見編)〜準備編3〜

れは「楽」どころか拷問の様なものであった。(前回の「右脳勉強法」)

だが、「こういうのはちょっとやそこらじゃ効果はでない。辛い山を越えたときにきっと目の前がパァっと開けるものさ」と自分に言い聞かせ、とにかく信じて頑張った。毎日毎日30分間同じ文章を色んなスピードで訊いたりシャドウイングし、ある程度覚えてきたら何も聴かず・見ず・暗誦するという繰り返しだ。非常に単純で、飽きの来る、ストレスのたまる作業であったが、それこそ修行だと思ってとにかく続けたものだった。それほどの拷問に耐えたが、今考えてそれがどれほどの効果があったかは正直言ってわからない。だが、かなり理には適っているとは思うのだ。留学出発までの数ヶ月ほどで投げ出してしまわず、あれを続けていれば、私のスピーキング力はひょっとすると素晴らしくなっていたかも知れないとまで思う(笑)。いや、スピーキングだけでなくリスニングにも相当の効果があったに違いないと思っている。今からでも遅くはない、またそのうち、どこかに埋もれてなくなってしまったその教材を見つけて再開しようと真面目に考えている勉強法の一つである。

の時期、もうひとつ試した方法が、いわゆる「英語耳」ものだ。私が試したのは、何か特別なヘッドフォンで高周波ヒーリングサウンドをバックに旅行会話などを聞くというものだ。なんでも日本語は英語に比べて周波数が低いので、日本人の耳は周波数の高い英語の音がうまく聞き取れない、だから高周波数の音に耳を馴らす必要があるのだ、というものだ。これも1回40分くらいかかるのだが、毎日、やはり留学出発前の数ヶ月ほど続けた。寝そべって聞くだけなので楽に思えたが実際に始めてみると、すぐに飽きが来て毎日続けるという事自体が苦痛であった。しかも聞いているうちにリラックスしすぎて真昼間からすっかり寝入ってしまい半日無駄にしてしまうという予想外の弊害?もあった。夜寝る前にやればよかったのだろうが、夜はBBCとかVOAを聞きながら寝る事にしていたので、昼間やるしかなかったのだ。ちなみに、BBCとかVOAを聞きながらというのも不思議とすぐに寝付ける。寝付けない場合は、それはそれで『リスニングの勉強を寝る間も惜しんでやっているのだ』という自己満足感にも浸れ、不安な無職の毎日の慰めともなったものだ。

はともあれ、その英語耳ものも頑張って続けてみたが、正直いっていま振り返ってみても、その効果の程は全くわからない(笑)間違いなくリラックス効果はあるという事だけはいえるが、それだけならばヒーリング音楽のCDを買ってくれば価格は20分の1以下であろう。教材は1枚しかないので、すぐに飽きてしまい別のものが聞きたくなる。昔の私であれば、ラジカセでヒーリング音楽に適当にリスニング教材をミキシングして独自のパクリ教材を自作したに違いないが、この教材の真の秘訣は、その周波数にあり、特殊なヘッドホンと録音方法によってはじめて効果を出すことができる、手法だけ真似しても無駄ですよ、と、こちらの魂胆をせせら笑うかのような注意書きがあったので、やめておいた。というか既に買ってしまってからそんな事を考えてもしょうがないし、同じものを聞き続ける事で、前述した「右脳」効果をもたらすやも知れないとも考え、素直にその1枚の教材だけを聞き続けたのであった。だが、だいたいリスニングの勉強など、同時進行で色々他の方法でもやっているので、この教材・手法がよかったのか、他の勉強法が良かったのか、全部良かったのか、というのは全くもってわからないのだ。だがこれのおかげで「英語リスニングのベースとなる高周波対応の耳をゲットした!」のだと思いたい高かったし。これもどこかに埋もれてしまっているので見つけてまたやってみようと思うのである。高かったし。

ずれにしても、残念なのは、結局この手の教材(教材に限らず、こういう『類』のものと言うべきか)の効果のほどは闇の中だという点だ。実際すごい効果があるかも知れないが、本当に効果があるのかどうかという疑心暗鬼と闘いながら根性だけで続けていくのは、やはりある程度大人になり理性的?になった私にとっては苦痛であった。そんな時、よく思ったのは、教材自体にその教材による効果の測定の仕組が最初から組み込まれていれば良いのになあ、という事であった。謳われる効果が、純粋に、かつ自己で、測定できれば、続けるためのモチベーションになるからだ。これらの教材の性質上、そもそも効果測定自体がなかなか難しいことではあろうけども、たとえその効果測定方法自体もまたオカルトちっくだったとしても(笑)そういうものがあれば続けるモチベーションになると思うのだ。なお個人的には、子供の頃からのいくつかの自分の”オカルトちっく勉強法”の経験から、中には本気で効果が大きいものがあると考えている。

つづく
posted by Dobby at 03:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 移住・永住権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月10日

ニュージーランド移住記(留学下見編)〜準備編4〜

回書いた様な科学的?オカルト的?勉強法に加え、さすがに大人になった私はやはり、それだけに頼るわけにはいかなかった。何しろ数ヶ月後には見ず知らずの国に一人で行く事になるのだと思うと、まっとうな勉強法でも準備しておく必要を感じたのだ。だが机に向かって勉強するという事をどうしてもやりたくなかった私は、基本的に寝そべりながら楽に続けられそうな方法を探した。VOAのSpecialEngilshやBBCの聞き流し、リスニング本、文法書、ディクテーション、それにプライベートレッスン英会話スクール、英会話カフェ。プライベートレッスン英会話スクールは、高いお金を払うので「行かねば」と思えるという意味でペースメーカーになると思ったのだが、そのコストパフォーマンスに疑問を感じ(というか経済的に厳しくなったので・・・)、すぐにやめてしまった。結局続いたのは前述のオカルト的勉強法2点に加えて、VOA/BBCのインターネットラジオ聞き流し(VOAについてはスクリプトの確認なども行う)、リスニング本(色々つまみ食い)、文法書(つまみ食い)、ディクテーション本(つまみ食い)、それに英会話カフェだった。

ンターネットラジオのBBCはBBC/Worldではなく、BBC/Radio4を聴いた。IELTS受験を視野においていた私は、イギリスアクセントにより慣れておく必要があると思ったからであった。BBC/Worldでもちんぷんかんぷんだった私にとって、それよりは内容的にも発音的にも数段難しいBBC/Radio4は、単なる雑音でしかなかったが、とにかく慣れようと思って我慢して聞き続けたものだ。プライベートレッスンのスクールをやめてからは会話は英会話カフェでしか練習できなかったので、当時無職なのを良い事に毎日通った。良い息抜きにもなったし、何より良かったのはその日カフェに行くまでに覚えた単語とか言い回しを実際に使ってみるという出力系の勉強が出来たという事だ。入力系と出力系を出来るだけ毎日のサイクルの中でまわしていきたかった私にとって、相手が日本人であろうが、英語ネイティブじゃない外人だろうが関係なかった。最近は英会話喫茶も過当競争になってしまい、私の行っていたカフェも潰れてしまった事を最近知り、非常に寂しい気持ちである。他に評判の良い勉強法としてはNHKのラジオ講座があるが、これは私は嫌いなのでやらなかった。何故か馴染めないし続かないのである。

なみに上に書いた(つまみ食い)というのは、一つの教材に飽きたら、イヤイヤ続けずさっさと他に変える、という事である。本屋で色々英語教材本を立ち読みしては気に入ったものを買い、つまみ食いして、飽きたらやり切らないうちにあっさりやめて、また別のを見つけてきて、それをまた飽きるまではやるという感じだ。浮気性で飽きっぽい私にはとにかく楽に続ける事が重要だったので、自然とこういう方法になった。果たしてそれらが身についたかというと、私には充分それなりに身についたと思っている。以上の様な数ヶ月ほどの勉強の結果、IELTS奮闘記その1で書いた様なTOEICの結果であった。
それにしても、今こうやって思い起こすと、日本は英語の教材に事欠かず、しかもバラエティに溢れていて英語の教材選び自体が趣味になってしまいそうな程、見ていて楽しい。玉石混淆ではあるが。こんなに英語教材が充実している国は他には無いのではないか。ニュージーランドに来て見ると確かに日本では入手しにくい教材も色々とあるし、効果の高そうなものもあるが、どれも日本の教材たちほど興味をそそるものではない。海外に移住した今、かえって日本のそういう創意工夫というか商魂たくましさというか真面目さというか、そういう意味での文明性の高さをあらためて思うのであった。

つづく
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2006年11月20日

ニュージーランド移住記(留学下見編)〜準備編5〜

語面での準備は色々な楽しい教材に助けられ、ある程度の成果も出すことが出来、着々と進んでいたが、旅行が苦手の私にとって億劫だったのが、滞在先を決めたり旅程を決めたりすることだった。まず考えたのが、斡旋会社へおまかせしてしまうという方法だった。インターネットで調べると出てくる出てくる。あまりにも多くてどこにすれば良いのかを考えるのが面倒になってきた。そんな事を考えてる暇があったら、自分で一つ一つちょっとずつでも片付けたほうが自分のペースで決められる、第一、それくらい自分で出来ないと移住なんて大それたことはおぼつかない、そう考えた。

が、いざ考え始めると、色んな要素が絡み合って何をどう整理していけばよいかで頭がすぐにパンクしそうになった。飛行機はいつにするのか、から始まり、いやちょっと待て、そもそもいったいどこの街に行けば良いんだ?飛行機降りた後は一体どうやってそこに辿りつけば良いんだ?そもそもビザって要るのか?などと、何かを決めるためには、まず何かを調べて決めないといけない、しかも知識はほとんどゼロ。旅が好きな人はこういうのも楽しいのだろう、また、そもそも何の計画もなしに旅してこそ旅の醍醐味だという人もいるだろう。だが生来ものぐさなくせに心配症の私にとってはやはり事前の計画は必須であり、それをしなければいけないというのは苦痛以外のなにものでもなかった。しかも周りに語学留学した経験がある人も、ニュージーランドに行った事がある人も皆無だった。それでも本やネットで調べたり教えてもらったりしながら1ヶ月ほど悶々としているうちに、大体以下の様な順番で物事がすこしずつ形になり始めた。

期間:3ヶ月

色々調べているうちに、3ヶ月以内の滞在であれば、観光ビザすら必要なく、ビザなしで行けるらしいという事がわかった。いろんな事が初体験で、よくわからない私としては、この情報に飛びついた。やる事を一つでも減らしたかった。「じゃ、まずは3ヶ月で良いや」と言う事が、その情報を得るやいなや瞬時に決まった。

目的:将来の移住に向けた下見と英語の学習(特にIELTS対策と受験)

将来移住する地はわからないが、まずは仕事を見つけやすい大都市では最低1ヶ月くらいは生活して、様々な事を実感しておきたかった。そして、移住後も釣りを手軽に楽しめるところを見ておきたかった。飛行機は直行便はクライストチャーチかオークランドにしかなかったので、あまりそこから遠くないところで考えてみよう、という事をまず決めた。
英語学習については、IELTS準備コースを取ると言う事、将来の移住に向けてビジネスイングリッシュコースも取りたいという風に考えた。

れらの事を整理してみた結果、3ヶ月で釣りを楽しめ、大都市生活も経験でき、IELTSとビジネスイングリッシュを勉強するという大まかな骨組みが出来た。最初の2ヶ月はゆっくり腰をすえてIELTSの準備コース受講と、できればそのままその地でIELTS受験までを過ごす。その地で鱒釣りが楽しめる事は必須条件だ。最後の1ヶ月は大都市でビジネスイングリッシュを受講する。せっかく滞在するなら現地の人の生活に間近に触れる事が出来、費用的にも一番安く済みそうで、何よりラクそうで、かつ、英語環境にどっぷり浸れそうだということから、ホームステイだな、という感じですこしずつ形になり始めたのだった。ボンヤリとは言え、ここまで形になってくれば、後はひとつひとつ具体的に決めればよさそうだったので、かなり気が楽になり、実際この後は、最初の悶々とした悩みの日々に比べてスムーズに事が進んでいった。

つづく

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2007年02月24日

ニュージーランド移住記(留学下見編)〜準備編6〜語学学校の選び方とお金の持ち込み方

釣りが楽しめて、IELTSも受験できるところ、という条件にマッチするところはそれほど多くはなかった。もっとも実際にはそんなところ沢山あるのかも知れないが、自分で調べた範囲では、「ロトルア」という場所が理想的に見えた。大都市かつ飛行機の降り立つ場所であるオークランドから車で3時間程度の距離にあり、フライフィッシングでは高名な場所だ。おまけにロトルアからは、さらに高名なタウポ・ツランギへも日帰りで行こうと思えば行けなくもない距離だ。一方、語学学校にはIELTS集中コースなるものがあり、おまけにIELTS試験自体もオークランドまで出て行かなくても現地で受けられる様だった。

速メールでロトルアの語学学校にコンタクトを取り、IELTSコース入学の条件や試験日について聞いてみた。IELTSコースは期間設定が試験日をターゲットにしているので、自分の思い通りに2ヶ月間みっちりIELTSコースで、というのは難しそうだったが「いきなり集中コースもキツイだろうから、最初の数週間は一般英語で肩慣らしすればちょうど良いでしょう」という先方からの提案に100%納得して、早速申し込むことにした。話が進むと、ホームステイはどうするかなど、学校側のスタッフがリードしてくれて、あれよあれよとホームステイ先も決まっていった。実は、これに先立ち語学学校紹介をしている現地の情報センターなどにもコンタクトはしてみたが、私の様にかなり自分で目的(釣り、IELTS、期間、場所など)を絞り込んでいる場合は、特にいまさら有益なものではなかった。私の要望に全く沿わないオークランドの学校をいくつか杓子定規に提案してくるだけだった。郵便物預かりや携帯貸し出しなどの便利サービスには少し食指が動いたが、それも考えてみるとホームステイするんだから意味ないな、せいぜい使うとしたら携帯レンタルくらいかな、という事で情報センターの使い方はこの時点ではっきりした。後に述べる現地銀行口座の開設にしろ、空港出迎え、郵便物預かりなど全ては最初の渡航時にホームステイから入れば全て解決なのだ。要するに住所がはっきりしてれば良いのだ。1週間でも2週間でも語学学校に入学してホームステイを学校に手配してもらいさえすれば、事前に心配する事は実はそれほどない。というか、ほとんどない。ので私はエージェントは携帯レンタル以外は使わなかった。

だ、ホームステイに先立つ語学学校選びは私の様に特殊な事情(釣りができてIELTSが受けられる等)でも無い限り、沢山ありすぎて依然として悩ましいかも知れない。ちなみに、語学学校の「日本人比率」なる指標を気にする人が多いが、あれはどの道アテにならない。数字は常に変動しているし、情報センターといえども常に最新のデータを反映しているわけでもないようだ。おまけに、そんな数字は現地に行く頃には既に変わってしまっている。語学学校は非常に人の入れ替わりが激しいのだ。日本人比率の少ない学校を選んだつもりなのに、行ってみたらクラスの8人中5人が日本人!なんて事は良くある話だ。第一振り分けられるクラスによって、全然変わってくる。一般的には、初級者コースだと日本人・中国人などのアジア人は多いし、上級者コースだと日本人は少なかったりもする。なのでやはり重要なのは自分の目線であれこれ調べて、自分で学校を決めるというのが、結局は一番後悔しない方法だと思う。インターネットは勿論、非常に有用だ。Mixiには各学校のコミュニティが沢山立っているので、そういうところに飛び込めば、実際の卒業生や在校生の話が聞けて、より実態に即した、きめ細かな新鮮な情報が集められるだろう。Mixiにコミュニティが立っていて賑わっている様な学校はそもそも実績がある証でもあるので、あまり心配な事もない。日本人比率については、結局どこに行っても日本人はいるし、あまりそれを気にしすぎると、日本人は少ない代わりに中国人だらけ、という事もある。逆にヨーロピアン系の学生が多いところは大体決まっていて、それは調べればすぐにわかると思う。そういう学校が良い人は、逆にそれほど選択肢はないので、あれこれ迷う必要はないだろう。ただしヨーロピアン系は概して英語力は高いので、そういう人と同じクラスに入ろうと思ったら上級クラスにパスする必要があったりもする。日本人比率を気にする人は「せっかく英語の勉強するんだからなるべく日本語を話せない状況に自分を追い込みたい」という、ある意味とても真面目な気持ちなのは理解できるが、それだけ真面目な気持ちがあれば、自分から積極的に日本人以外の人と接するようにして友人になれば良いだけの事でもある。

んなこんなで語学学校を決めた私は、空港への出迎えなど細々した事もメールで学校に相談した。先に書いたように情報センターから携帯をレンタルしようと思ったので、空港に降り立った後は一度シティに自力で行かねばならなかった。学校は、空港ではなくシティへの出迎えであればプラス30ドルくらいでやってあげると言ってくれたので、そうすることにした。シティへはタクシーで行けば良いだろうと安易に決めた。今考えるとAirバスを使ってシティまで出れば安かったのだろうが、やはり不安でタクシーでまかせっきりという安易な方法を選択したのだった。シティにある情報センターには携帯レンタルのアポを一応とっておいて、そのオフィスと、学校からの出迎えとの待ち合わせ場所も入念に地図でチェックして、大きな荷物を抱えての移動にあまり負担のない範囲で調整がついた。こういう細々した段取りをつけるのは生来苦手だったのだが、やってみれば、なんだ簡単だなという気がした。電話で学校と話しができればさらにスムーズだったのだろうが、そこまでは英語に自信もなかったし、やはりメールで行った。メールは書き文字なので、少々間違っていても言いたいことは明白に伝わるし、先方の表現ですこしわからなくても、じっくり読み直せるので、理解ができた。当たり前だが、インターネット、メールのおかげで世界は本当に近くなったんだといまさらながらに実感したものであった。もちろん、それまでにも仕事でもたまに海外とメールでやり取りはした事があったが、時差の大きな国なうえ、仕事だけにいつも気が急いていたせいか、かえってイライラしてそのメリットを充分に認知していなかったのである。だが、ニュージーランドとやりとりをやってみると、時差は3時間しかなく、こっちが朝一番でメールすれば、先方はお昼で、忙しい午前の業務が一段落した午後から返事を書き出すのか、その日の営業時間が終わるまでには返事をもらえた。返事をもらった時にはまだ日本では午後になったばかりという感じで、とても効率がよかったのに感動したのを覚えている。

て、とりあえず3ヶ月のうちの前半2ヶ月は居場所が決まって、空港を降り立ってからホームステイ先へのアクセスも大体プランニングできた。お次はお金をどうやって持って行くか、という点であった。真っ先に思いつくのがトラベラーズチェック。現在ではニュージーランドドルのトラベラーズチェックは日本では買えなくなってしまったと聞くが、当時はまだ買えたのでとりあえずいくらか持っていく事にした。あまり旅なれない私としては、お金に関する不安は大きく、盗難や強盗、紛失してしまった時の事を考えて、なるべく、その形態と所持場所は分散することにした。TCだけでなく、クレジットカードは複数持って、日本円もいくらか持ち、さらには国際キャッシュカードも作っておいた。さらに、国際キャッシュカードも何かの間違いで使えなかったりしたら困るだろうなあと、心配になり、日本から事前に口座を開ける銀行で現地の口座も作り、送金しておいた。今考えると、何もそこまで(笑)と我ながら笑ってしまうが、当時は大真面目に色々と準備したものであったし、それもそれで楽しかった。

金の持ち込み方としては、私はいまひとつ不安で使わなかったが、現地のエージェントなどが「円送金サービス」を提供している。現地レートで受け取れるのでお得!というのが売りな様だが、結局手数料はもちろん取られるので、トータルではレートが少しばかり日本でNZドルに換金したうえで送金する一般的な海外送金よりは多少有利な位に感じた。だが、そもそも会社の評判も見えない、相手の顔がわからない、そういうところに頼む勇気はなかった。

なみに現在では、個人でも現地に口座を作れば、日本から自分でその口座に「円建て」で送金できる様だ。要するにこれは自前の「円送金」だ。送金された時点で「現地のレート(手数料込みのレートなので市中のレートよりは少し落ちる)で」NZドルの口座に振り込まれるので、今や各エージェントが提供する「円送金サービス」のメリットはそれほど無い様な気もするが、あまり詳しくない(笑)。あるいは、いちいち自分で現地に口座を作りたくないという人にはエージェントの「円送金サービス」も依然として便利なのだろうか。私の場合、送金する額も大した事ないし、単に色々分散させておこうと思ったにすぎないので、それほど真剣にどういう方法が結局レート的に有利なのかは実は真剣に比較検討していなかった(笑)とはいえ、いずれにしても、せっかく日本で日本語で口座を開ける銀行があるので、移住やワーホリ、ロングステイなど長期滞在される方は日本から現地の口座を開いておいて損はなかろうと考える。そういう口座(日本から開く現地口座)でも日本から円建て送金ができるか、などについて口座開設申込時に日本語であらかじめ質問して、エージェントの円送金サービスなどとも比較検討するのは良いことだろうと思われる。ただ、最終的に現地での口座を開けるためには、現地の支店に自ら赴く必要があるかと思ったので、渡航前に円建て送金するのは無理かと思われる。なので、開設申込時には最低限だけ送金しておき、本格的な送金は、現地について口座を開けてから日本から家族などに円建て送金で送ってもらうというのが良いかも知れない。その際は何もそのNZの銀行の日本支店から送金する必要はなく、海外円建て送金手数料が一番安い銀行を使えばよい。ただ、実際にその時こういう方法を私自身が取った訳ではないので、実際にどれくらい有利なのかは、はっきりしたことが言えず、申し訳ない(笑)結局手数料分のレート上乗せを銀行にとられるかエージェントに取られるかの違いでしかないのかもしれない。自分で円建て送金する場合は、口座開設など面倒な事もあるが、相手が銀行そのものなので、安心感という点では上かもしれない。結局はそもそもレートとしてどちらが有利かよくよく計算したうえで、さらには安心感や自分の滞在期間なども考え合わせ、メリットデメリットをトータルで比較することが重要だろう事は言うまでもない。また、ここに述べた「自前の円送金」は、当然エージェントや雑誌社などからみると競合になる(それら企業自身が円送金サービスを提供している)ためか、情報が少ないのが難点ではある。

港に降り立ってからの時間区切りの行動、お金の持ち込み方まで決まれば、あとは出発するだけである。次回からはいよいよ旅立ち編に突入する予定である。

(つづく)

posted by Dobby at 08:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 移住・永住権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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