2006年08月31日

(回想)IELTS奮闘記その1

が最初にニュージーランドへの移住を思い立ち、永住権取得に向けて準備を始めた時は、英語などはすっかり忘却の彼方のそのまた向こうの遠くの方でとぐろを巻いて昼寝していた。元々得意でなかったうえに、高校卒業以来、20年近くも英語の「E」の字も勉強しなかった。しかも最初に永住権取得をしようと決心した夜には、ネットでちらっと調べて「IELTS 5.5くらいで良いのか〜」と、制度変更前の古い情報を元に「これなら頑張ればできそうだ」と思ってしまったのである(^^;なんという馬鹿さと無謀さ・・・。だが今考えると、最初から正しい情報である「IELTS6.5」というのを知っていたしたら、「えー!?IELTS6.5ってTOEFLでいうとPBT:600(CBT:250)点くらい!?絶対ムリ!やっぱやめとくか。もうちょっと会社でテキトーに流してよっと」などと思ったかも知れず、これは偉大な誤解だったのだ、と今は思う。

はともあれTOEFL対策用の単語集・熟語集(旺文社 TOEFLテスト大戦略シリーズ:TOEFLテスト英単語3800TOEFLテスト英熟語850)を買って来て、その見直しからまずは始めたのであった。この2冊は以後、私のバイブルとなった。そしてしばらくしてIELTSの模擬試験を受けてみた。スピーキングはなかったのだが、

結果はIELTS換算平均3.5〜4.0程度。。。

あ、そんなもんかと、その時は思い、めげずに引き続き勉強を続けた。さらにその数ヶ月後、ある程度単語・熟語の見直しが進み、VOASpecialEnglish(遅〜く簡単な英語でニュースなどをしゃべってくれる放送)でリスニングを練習し、belritz英会話喫茶などで会話の練習もやった段階で、TOEICを受けて見た。

結果は665点。

の昔、新人の頃、会社で受けたTOEICでは450点程度だったので、まあ、それから比べれば勉強の甲斐があったんだと思うことにし、さらに同じ様な時期にIELTSの第1回本番も受けて見た。この時点ではライティングの練習はまだ本格的に始めていなかったが、

結果はオーバーオール5.5

がこの時にはすでに、真の情報を得ており、技能移民での永住権申請には、5.5ではなく6.5が必要な事を知ってしまっていたので、喜ばない。喜べない。だが「まあこの調子で頑張れば向こうに留学してみっちり英語漬けになれば、次はあわよくば6.5いけるかも!」とは勇気付けられた。そしていよいよ仕事をやめてニュージーランドへの下見を兼ねて語学留学に出発したのであった。

つづく

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2006年09月02日

(回想)IELTS奮闘記その2

ュージーランド移住に向けた下見兼語学留学先を決めるにあたっては、移住後に自分が将来住む可能性のある場所にしようと思った。となると、私の場合、当然釣りのできるとこ!というのが第一条件になってくる。私自身色々と取ってつけたような事は言っているが、ニュージーランドに移住しようと思った理由のほとんどを占めるのは、そこが釣り天国だから、という事だ。

はいえ、将来移住するとなるとやはり仕事しないといけないだろうから、そうなると大都市オークランドも一応見ておかなければ、という事で、本当は行きたかった南島をあきらめ、オークランドとその近くの釣りのメッカの一つロトルアを選んだ。実際にはロトルアに2ヶ月、オークランドに1ヶ月ホームステイしながら語学学校に通うという計画だった。

らに細かく英語学習の方の計画も立てた。ロトルアで2ヶ月語学学校に行ったあとはちょうどIELTSを再受験できる(IELTSは1度受けると3ヶ月再受験できない)ので、ロトルアでIELTSを受けた後は、ロトルアの語学学校にはない、ビジネス・イングリッシュコースをオークランドの学校で受けようと思ったのである。

トルアの学校では、初日クラス分けテストを受けた。結果はUpperIntermediateだった。先生はAdvancedでも良いよと言ってくれたが、特にスピーキングに自信がなかったのでUpperIntermediateでお願いした。当日はニューカレドニアからの若い少年達が入学してきてて、一緒に試験を受けて、自己紹介なども聞いていたのだが、彼らの英語はフランス語なまり?なものの、かなり流暢である。そんな彼らでもUpperIntermediateなので、私がちょっと文法関係のペーパーテストが良いからと言って、上級に入るのは気が引けたのだ。

の後、いくつか語学学校の振り分けテストを受けてみて思ったが、日本人はリスニング力・スピーキング力と不相応に上のクラスにはいれてしまう事が多いように思えた。やはりペーパーテストが得意だからという事になるのだろう。もちろん、流暢に聞こえるからと言っても必ずしもスピーキング力がある、という事にはならないし、日本語英語は、はっきりと発音するし、遅くても文法的にきっちりしゃべろうとするので、つたないスピーキングだと自分でも思っても、語学学校レベルでは実際はかなりイイ線行っているという場合もあるようだ。自分がある程度上達してから気付いたが、特に中級あたりの中国人はまるで母国語の様に流暢にしゃべるが、文法はちゃめちゃ、発音むちゃくちゃだったりする事が多い。

が、ニューカレドニアからの彼らは実際に流暢で発音も外人ぽい(当たり前か)し、見かけも完全に外人だし(これも当たり前か)、文法的にも結構きっちりしていたし、何より会話の内容やしぐさが外人そのものであり、コミュニケーション力という意味で完全に引け目を感じたものだった。ちなみに、ニューカレドニアはフランス領なので、ネイティブはフランス語。つまりフランス人。そして彼らが言うには、「英語はフランス語よりも単純で憶えやすいよ。構文もフランス語の構文をひっくり返すだけだしね」ということらしい。まあ元々親戚みたいなもんだしね、あの辺の言葉は。でも、ちょっとうらやましかったものだ。ちなみにニューカレドニアからは毎年2月前後に多くの若者がロトルアを訪れる様だ。ニューカレドニアに友人が欲しい人はその時期にロトルアに語学留学するというのもあるだろうと思う(笑)。私もそんな若者の中の最年長クラスの20歳の青年と仲良くなり、「いつでもニューカレドニアに遊びに来てよ!」などと嬉しい事をを言ってくれていたのだが、残念なことに帰国後半年ほどで音信は絶えてしまった(笑)。

つづく
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2006年09月04日

(回想)IELTS奮闘記その3

の後、数週間ほどUpperIntermediateクラスで楽しく学んだ後は、IELTSの集中準備コースが開催されるとの事で、そちらのクラスに移った。IELTSの集中コースは、のんびりしたニュージーランドの語学学校にしては、超ハード(笑)な内容であった。毎週末本番と同じ時間配分で模擬テストはあるし、それ以外の日も朝から午後3時までリーディング・ライティング・リスニング・スピーキングとバランスよくみっちりと練習できた。このコースに参加した事でIELTS対策で自分の弱点が何で、何をやらなければならないかがよくわかったと思う。もちろん、以前書いた接続語などの試験テクニック的な事も教えてくれる。IELTS対策をお考えで現地に語学留学しようとお考えの方には、是非、各学校に用意されているIELTSとかCambridgeの集中コースを受講してみる事を強くオススメする。せっかく勉強に行くなら一番ハードなコースでやらないと時間が勿体ない!人に合った勉強の仕方というのは確かにあるとは思うが、やはり短期で英語の勉強が主たる目的なのだとしたら、密度の濃いコースを取るのが時間・コストに対するパフォーマンスが良いと思うのだ。

にはともあれ、私の場合は、この頃には、ボキャブラリはバイブルTOEFL本を何度も見直しつつ進んでいたし、リーディングはペンギン・リーダーズOxfordリーダーズのAdvancedを2日に1冊くらい読んでいたし、ハリーポッターやロードオブザリングも並行して原書で読んでいたので、リーディングのスピードアップ練習は常にしており実際模擬テストでは毎回満点に近い点数であったので、ある程度自信があった(だが、模擬試験は本番に比べてしゃれにならないくらい簡単なので、模擬試験が良かったと言って油断していては、足元を掬われることになるのだが・・・)。

スニング・ライティングについても週に一度の模擬テストでは良い成績だったので、それなりに自信がついた。しかし、やはり問題なのはスピーキングだった。IELTSのスピーキングでは、パート2として、現場でトピックを書いた紙を渡され、それについて1分間考える時間が与えられ、しゃべる事をまとめた後、2分間でその事をしゃべるというのがある。これが苦手であった。だされるトピックは、それまでずっと自分の目先の仕事の事しか関心のなかった私にとっては、考えても見たことのないようなものが出題されるのだ。例えば、ペットの事とか、楽器のこととか、有名人のこととか、贈り物のこととか。。。ライティングのテーマに比べると簡単だし、普段、普通に生活している人にとっては話す事はいくらでも湧いて出てくるのかも知れない。だが当時の私にとっては、それまでの自分の現実とはあまりにかけ離れた話題だったのだ(笑)。大体、自分が興味のない事に関しては、

そんなつまんないこと日本語でも話すこと思いつけない

という、私であったために、この点では本当に苦労した。どうやって克服したか?それは、やはり練習してテーマの数をこなして練習するしかなかった。全く興味のない話でも、話す事をあらかじめ決めておけば、パート2のテーマ自体それほど難しい複雑なものは出ないので、充分であったと思う。

つづく
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2006年09月10日

(回想)IELTS奮闘記その4

ピーキングの話題展開での苦闘もさる事ながら、さらに何よりも発音と流暢さが、私の場合問題だった。自分でテープに録音して練習したりもしてみたが、まったくげんなりするほど

えー、あー、うーちっ(怒った顔)

といったいわゆるhesitationあせあせ(飛び散る汗)が多すぎた。ただでさえ、前回述べた理由で、言う事が日本語でも思いつかないうえ、それを英語に変換する際に単語や熟語を思い出し、さらに文法的に組み立てるという作業を頭をフル回転させてしなければいけなかったので非常に疲れたし、疲れる割には何度やっても上達しない。ホストマザーのアンにも相手になってもらって練習したが、私が意見を言っているとアンが面接試験の練習なんだという事をすぐに忘れて、まだ話している最中に

それは違うわよ!パンチ

などと割り込んでくるのでパート2の練習にはならなかった。私も自分の意見を否定されて黙ってられないので、言い返してどんっ(衝撃)と、スピーキング・パート3の議論の練習にはなったが、辟易したものだふらふら

が、その時ためになったのは、あまり込み入った考えをパート2で言う必要はないんだという事がよくわかったという点だ(笑)。単におしゃべりする感覚である程度筋道立ててしゃべればいいんだと。辺に自分の意見を展開しようとしたりすると、試験官にもアンと同じ様に「何言ってんのよ」くらい思われてしまうに違いないのだと。そしてその結果パート3がさらに難しくなってしまうに違いないのだと。つまり、パート2では軽く当たり障りのない事をおしゃべりで流して、パート3での議論を自ら難しくしないという事だ。パート3ではパート2に関連した事を試験官が質問してくるので、パート2の時にあまり試験官の質問欲(笑)をそそるような事は言わないのが身の為であると。パート2が当たり障り無ければパート3での質問も当たり障りのないものになり、あとは筋道たてて論理的に話す(つまり常に根拠や経緯を伴わせて意見や事象を話す)というだけで良いんだなひらめきと、思った。こう思えた事は、今考えると非常に大きかった。アンには本当に感謝しないといけない。なお、アンとの練習は、お互いすぐに言い合いになってしまうので、2日ほどでやめてしまった(笑)結局、独りでテキストや学校でもらったコピーを見ながら、題材を眺めて話す事を考え、ノートに記録しておいた。もちろん、学校の授業でもそれらの題材を実際に練習する事が出来た。こういう点でIELTS対策コースは非常に有効だと言う事ができると思う。特に私の場合、関心のない事に関しては自分で言う事も思いつかないという事が多々あったので、クラスメートが話す”ネタ”をパクるのにも非常に有益であったのだ(笑)。

れらはあくまで短期的に結果を出さなければいけない受験対策ともいえる事である。いちいち日本語で考え、それを頭の中で単語や言い回しを思い出しながら話すというところから抜け出せない限りは、本質的にはスピーキングが上達したとはいえない。この点では本当に苦労した。いまでも苦労を続けている。だが、こういう努力は短期的には「単なる試験対策」とも言えようが、長期的に継続して続ける事で、考えずに無意識に使える言い回しなどが徐々に蓄積されていき、日常生活でのスピーキング能力の向上にもつながっているものと実感している。ただ、あくまでIELTS対策という観点で考えれば、悲観的になり過ぎず、風呂敷を広げすぎず、粛々とできる事をやっておくというのが良いと思う。私の場合、それは、出題されそうなテーマの数をこなし、その練習の中で同じ様に使うフレーズに関してはすらすらしゃべれるようになっておくこと。その範囲の中で出てくるボキャブラリについてもすらすら出てくるようにしておくこと。こうやって書いてみると当たり前に思えるが・・・たらーっ(汗)

うこうするうちにいよいよ第2回のIELTS本番受験である。だが、直前になって問題発生!exclamation×2前日、緊張と興奮のあまりからか、ささいな事からホストマザーのアンと大口論になってしまい、さらに興奮してしまったせいか一睡もできないまま、試験場に向かったのであった。。。がく〜(落胆した顔)

つづく
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2006年09月17日

(回想)IELTS奮闘記その5

トルアには、メジャーな英語学校は2つある。一つはRELA、もう一つはポリテクニックのWaiariki。IELTSの試験はワイアリキで行われ、各学校からあつまった受験生に対してのスピーキングの試験官は、ひいきがあってはいけないという事で、例えばRELAからの受験生にはワイアリキの先生が、ワイアリキからの受験生にはRELAの先生が、それぞれ試験官をやるようになっている様であった。なので、試験場に行くと、普段見慣れた先生もいて、「ハーイ!わーい(嬉しい顔)」などと挨拶を交わす。

していよいよ、試験開始。ちなみに、当時、世界的に受験生によるカンニングがあまりに増えていたため、その対策が全世界的に強化されていた。以前日本で受けたときとはレベルの違うチェックの仕方である。例えば、鉛筆すら持ち込みできず、上着・荷物は全部別室にあずけて、ボディチェックもされるという念の入れよう。下手な空港よりも厳重であるたらーっ(汗)

はともあれ、前夜ホストマザーのアンと大ゲンカしてしまい興奮のあまり一睡もできないまま、コンディションは最悪でふらふら、ボーっとはしながらも、リスニング、リーディング、ライティングとこなしていく。日本で受験すると今は2日間に渡って行うのが普通になりつつあるようだが、当時ニュージーランドでの受験では1日でスピーキングまで一挙に一日で済ませてしまうのであった。一番頭がボーとしていた初っ端のリスニングはかなり出来が良くなかった。となりの受験生が咳き込んだりして、それが気になったりして、集中力も散々だった。リーディングとライティングはそれなりに出来たと思った。そして、問題のスピーキング。問題のパート2で、やはりしくじってしまった。テーマが何だったかは、あまりにつまらないテーマだったので忘れてしまったが、あまりにつまらないテーマであったがゆえに想定もしていなかったテーマであった事は憶えている(笑)バッド(下向き矢印)。結局、言う事も思いつかず、テキトーにしゃべっては見たが、支離滅裂バッド(下向き矢印)。完全に沈没バッド(下向き矢印)。しゃべった事を本当にまったく憶えていない位、沈没がく〜(落胆した顔)

が、試験が終わってみると、開放感からか、さっきまでの眠気は霧散グッド(上向き矢印)してしまい、元気にアンの家に帰った。帰ってみるとアンも、何事もなかったように迎えてくれ「どうだった?」と聞くので「全然ダメだったもうやだ〜(悲しい顔)」というのもアレなので「まあまあかな。リスニングとスピーキングはちょっとしくじったわーい(嬉しい顔)」と答えた。そして、試験が終わったと言う事はロトルアを去らなければならない事を意味した。試験結果は2〜3週間で出ると言われていたので、結果はオークランドで聞くことになる。何はともあれ、帰国までの残る1ヶ月を過ごすオークランドでビジネスイングリッシュコースを開催している学校をネットで探して、手配をつけた。

つづく
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2006年09月27日

(回想)IELTS奮闘記その6

の滞在地オークランドへはホストマザーのアンが、車で送ってくれるという。オークランドでのホームステイは決まっていたが、どんな人なのか、アンも心配してくれているようだった。子供じゃあるまいし、大丈夫だよと思いながらも、その親切さに、すっかり恐縮した(最初はお金も一切いらないと言っていた)。シャトルで行こうと思っていたので、その場合にかかったであろう100ドルは払わせてくれと言って、お言葉に甘えさせてもらった。結局それも半額の50ドルにまけてくれたのであるが。

ンはかつてイギリスから若い頃に移民してきたとき、オークランドに住んでいた。なのでオークランドには知り合いがいっぱいいるし、その日泊まる所も、その知り合いのところだということだった。道もしっかり覚えており、マウント・イーデンというところにあるホームステイ先にすいすい向かった。

いてみると、ロトルアのアンの家と違って何か陰気バッド(下向き矢印)な感じの家だった。アンが言うにはそのあたりは古くからの場所なので、木も生い茂ってるし、家自体も古いからそう思うのだろうということであった。車をとめてベルをならしてみたが、誰も出てこない。短気なアンは、ずかずかと裏手の勝手口?の方に向かっていき、そこで、その家の主人を見つけた様だ。何か二言三言交わして戻ってきながら、顔をしかめて

Religeous people!ちっ(怒った顔)と言った。

!?

私は、一体、向こうで何を見たのだろうかと思って聞きなおそうとしたとき、玄関に回って主人と奥さんが出てきた。アンはさらっと笑顔に返りわーい(嬉しい顔)、本格的に挨拶をしている。ウーム、なんと裏表の激しい・・・イエイエ、そんな事は思わなかったが、苦笑いせざるを得なかったのを覚えている。何はともあれ、挨拶もそこそこに荷物を家の中に入れた後、アンによくお礼を言って、手紙も書くし、電話もするからねと言って、車で去っていくのを見送った。2ヶ月間、家族の様に接してくれ、しばしば口げんかもし、すっかりお世話になっていた私は、やはり寂しかったが仕方がない。また近いうちに必ず永住権をとってニュージーランドに移住しに戻ってきて、ロトルアに行くんだと誓いながら、手を振り振り、車が見えなくなるまで見送ったのだったもうやだ〜(悲しい顔)

しいホームステイに落ち着いて、新しい学校に通いだした。ビジネスイングリッシュコースに入る事にはなっていたのだが、着いてみるとやはりレベルチェックのテストを受ける必要があった。今度は点数の結果も教えてくれた。70点満点の68点!大体58点以上くらいが上級との事だった。だが、私自身はそんなに出来たとは思っていなかったのでびっくりした。やはりロトルアでの2ヶ月が効いていたのか、着実に英語力は伸びているようだったので素直に嬉しくもあった。当然上級コースのビジネスイングリッシュに入れてもらえた。この学校はペーパーだけでなく、面接によるスピーキングのチェックもあったが、こちらの方は「スピーキングに関してはUpperIntermediateだけど、その他についてはエクセレントなので上級にしとくわ」くらいの事を言われた。ハイハイ、わかってますってわーい(嬉しい顔)

業の方はロトルアのIELTSの集中コースとは打って変わって、リラックスした感じのクラスいい気分(温泉)だった。ロールプレイしたり、各チームでプロポーザルを書いてコンペしたりと、それなりに楽しめた。だが、英語力の向上という意味では、あまり意味があったようには思わない。いくつかのビジネス特有の言い回しやイディオム、そして前述したロールプレイ以外は、基本的にジェネラルイングリッシュのコースと実質は変わらないのだった。大体先生自体があまりビジネスの経験がない様だった。私は永住権申請のハードルを越えた後の実際の移住後あるいは移住のための職探しを想定して、英語でのジョブインタビューとかレポーティングスキルとか、擬似会議とかそういう方をもっと期待していたので、すっかり期待を裏切られた気分になった。

つづく
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2006年10月10日

(回想)IELTS奮闘記その7

うこうするうちに、ロトルアで受けたIELTSの結果が届く時期になった。結果は日本に送られるようにしておいたので、日本からのメールを毎日チェックしながらそわそわしだしたものだった。そして、ついにその日はやってきた。メールをチェックすると日本からのメールが来ている。ドキドキしながら見てみると、

リスニング:5.5
リーディング:7.0
ライティング:6
スピーキング:5

オーバーオール:6.0

がーん!!!!がく〜(落胆した顔)

やはり、リスニングとスピーキングが大失敗に終わっていた。要するに瞬発力集中力の要求される科目が見事に沈没。留学前に日本で受けた時とほとんど変わっていない。リーディングは予想以上に良かったし、ライティングはまあ予想どおり。だが他が悪すぎた・・・。ニュージーランドの永住権申請(技能移民部門)に必要なスコアはオーバーオール6.5。IELTSは一度受けると次は3ヶ月以上経ってからでないと再受験できない。永住権申請自体にたどり着くまでにはまたさらに向こう2ヶ月(結果がわかった時点で1ヶ月近く経っていた。2週間といっていたのに、この辺もニュージーランドクオリティ)くらい、また勉強かと思うとげんなりした。もうこうなっては、ただでさえ面白くないビジネスイングリッシュもすっかりやる気をなくし、さっさと日本に帰りたくなってしまった。

だが、ちょうどその時点ではもう帰国まで1週間くらいしか残っていなかった。今度のホームステイはホームステイ商売になれているせいもあったし、ロトルアのアンの所が居心地良すぎたというのもあって、オークランドではそれほど家族チックな生活は味わえなかったのもあり(それでもとても親切にはしてくれた)、それほどの寂しさもなく、さっくりと、だが少し傷心のまま帰国の途についたのであった。

つづく

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2006年10月19日

(回想)IELTS奮闘記その8

しぶりに日本に帰ってきてみると、失敗した悔しさが日々こみ上げてきた。このままやる気を失っていてはニュージーランドへの移住などという大それた事などおぼつかない。永住権の申請すらできずに負けてしまうわけにはいかない、そう自分をもう一度奮い立たせた。なので、久しぶりの日本での生活を愉しむどころか、ニュージーランドに居るときよりも猛勉強を始めた。とにかくリスニングスピーキングで安定した力を発揮できるようにならないと!

イティングは毎日、本番での時間配分どおりにエッセイを書き、それをネイティブのイギリス人家庭教師にレッスンの時に見てもらうという方法でたゆまぬ努力を続けた。リーディングは読むスピードを落とさない様に本だけは毎日30ページは最低でも読むようにしたこと以外特に勉強はしない。そしてスピーキングは週に2回家庭教師のネイティブにレッスンしてもらうようにした。無職の身には、家庭教師の時給3000円を払うのはかなり痛かったが良い先生だとおもったので、奮発した。実際、スピーキングがこの後驚異的に伸びたのは彼との集中レッスンのおかげが大きいと思っている。

してリスニングは、BBCVOAをインターネットラジオで時間のある限り聞き続けるというのを行うと伴に、気分転換にTOEICを受けてみることにした。実際IETLSのリスニングでは、必ず、イギリスアクセントを中心に、アメリカアクセント、オーストラリアアクセントも混じって出題される。TOEICでアメリカアクセントにも慣れておく意味は大きい。それに、TOEICの勉強を通じて文法の総ざらいもしておく事は意味がありそうだった。

週土曜日はニュージーランドのオークランド大学の書店で仕入れてきたIELTS用の模擬テストをやった。無職でもあり、時間はいくらでもあったので、リスニングの練習でラジオを聴いている時間や、英語の本を読む時間を含めて、この時期、一日10時間は英語漬けだった。特に辛かったのは単語・熟語の見直しである。この手の記憶ものは、当たり前だが、勉強が進めば進むほど、見直す数が増えていくのだ。そして、見直すサイクルが長くなってしまっては、忘れてしまう率もあがってしまうため、そのせめぎ合いが苦痛であった。見直しの数が増えてきて、最終的には単語・熟語の見直しだけで1日2時間半、新しく覚える分は1日1時間程度かかるようになっていた。それだけでトータル3時間半である。

んな生活を1ヶ月ほど続けたあとTOEICを受けてみた。結果は、

855点

実はこの時点では目標は900点だったのだが、やはりそれはきつかった。しかもAクラスの860点まであと5点足りない中途半端な点数だ。ちょっと悔しかったがTOEICはあくまで気分転換と力試し。それに留学前の665点からは200点近いUPだし、英語の勉強を始めた頃、TOEICの最終目標にしていた800点は超えたので、まぁ良いかと、気持ちを切り替えた。この数週間後に迫り来るショッカーIELTSこそが真の敵なのだ!

つづく
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2006年10月31日

(回想)IELTS奮闘記その9

よいよIELTSの3度目の受験まであと数週間となった時、ラストスパートをかけた。TOEICのある程度の成功でリスニングにもかなり自信が付いたので、集中すべきなのは、やはりスピーキングだった。それまで週2回だったネイティブのレッスンを週3回に増やした。とにかく先生と、嫌になるくらいパート2の練習を繰り返した。私はレッスン中、ずっとパート2の練習をしていたかったのだが、先生のおじさんは、退屈でつまんないのだろう、色々と別の話題を振ってきたり、テキストを持ち出したりして、思うほどにはパート2だけに集中は出来なかった。だが、それも先生の指導であったのだと思う。単に彼が退屈だったからではなく(笑)

して、いよいよ3度目の受験。今回は、風邪を引きそうになっていたので、それだけを毎日気をつけつつ、毎日イソジンでうがいをし、ビタミン剤を飲んで寝るという念の入れようで、風邪をシャットアウトし、もちろん、前夜、誰とも口論せず(笑)、静かに試験日を迎えた。

験は2日にわたって行われる。問題のスピーキングは2日目なのだ。で、1日目だが、リスニングは上々、ライティングもきっちり書けた。リーディングは時間が足りなくなってしまって、少し失敗してしまった。前回リーディングが良かったので、少しなめてしまった勉強不足のツケがまわったようだったがしょうがない。スピーキングとリスニングの強化が最重要課題で、リーディングに割ける時間は実際あまりなかったのだから。

してスピーキング。このスピーキングに全てをかけていた私は、家庭教師のネイティブおじさんに頼み込んで、試験当日の早朝から2時間の集中レッスンをつけてもらった。つまり、舌ならし。2時間も2人でずーと英語でしゃべってると、さすがに頭が英語頭になるのか、効果テキメンであった。試験のスピーキングでは、すらすらとパート2をこなし、パート3も難なくこなせた。試験が終わった後、試験官が「グッドラック」と言ってくれた。今まで2回受けた中でそんな事言って貰った事なかったので、びっくりして、どういう意味なのかな?と考えてしまい、思わず返事をためらいドモってしまった(笑)が、試験中は自分でもスムーズにきれいにしゃべれたと思っていたので、ウーム、これはひょっとしてすごく良かったので褒めてくれようとして、でもそんなこと試験官が言ったら問題だから、単に挨拶的に「グッドラック」ってわざわざ言ってくれたんじゃないか?などと考えながら家路についた。

して、待つこと2週間、待望の結果が返ってきた。

リスニング:7.5
リーディング:6.5
ライティング:7
スピーキング:7

オーバーオール:7.0!!!

やったー!!!
リーディングがやはり失敗していたが、その分をリスニングでカバー出来ていた。おまけにライティング・スピーキングとも大満足の7!そしてオーバーオールも目標の6.5を通り越して7.0、純粋な平均も7.0である。常々「7.0をとれ」と言われていた家庭教師のネイティブおじさんにも胸を張って報告した。勿論、彼は大いに喜んでくれたが、むしろ驚いていたようだった。まさかスピーキングで7をとるとは思っていなかった節がある。ライティングに関しては、時には、「これなら8とれるよ」と言って貰ったりしていたので、彼のイメージするオーバーオール7.0の内訳とはイメージが違ったのかも知れなかった。

0年近く忌避し、忘却の彼方のそのまた向こうでとぐろを巻いていた英語、しかも、全く経験のなかったスピーキング・リスニング・ライティングにチャレンジし始めて苦節9ヶ月、ニュージーランド移住大作戦第一関門を遂に突破した。やっとこれで技能移民部門の永住権申請への活路が開けたのだ!

なおIELTS英語と現実生活での英語のギャップは激しく、英語はその後も今でも苦労を続けているが、今回の9回に渡る超大作(笑)、IELTS奮闘記はひとまずこれにて、

(完)

もう二度とIELTSは受けたくありません。
posted by Dobby at 09:03| Comment(6) | TrackBack(0) | 英語・IELTS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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