2007年02月22日

ロハスなニュージーランド?3

回見たような事は、あくまで環境面から見たロハス度ともいえるかもしれない。だが実際にどれほどのロハス度かというのは、国から個人に至るまで様々な価値観のバランスがあり、一概にどこがどうだという事は測定しにくいだろう。なので、それをひとまず置いておき、あくまで「取り組み」として能動的か受動的かという観点でロハスというものを極めて私的に考えてみる。人生を急転回させ、ニュージーランドという田舎での暮らしに自分自身を放り込んだ私自身を振り返ると、確かにその行動自体は能動的ではあったと思う。そうは思うが、決意してその達成に向けて努力していた一時の興奮状態からさめて客観的にその行動を見てみると、

するに田舎暮らしを決心して脱サラしたというだけで、その移住先がたまたま海外でありニュージーランドであった

というだけだ。
つまり「ニュージーランドだからロハス」というわけではない。

は元々都会暮らしの便利さや刺激にそれほど執着していないので、それこそ日本での田舎暮らしも考えて見た事はあった。だが「結局日本の田舎でも魚は成魚放流の魚しか釣れないし、釣り人も多すぎるので、移住まですることないか」と思い、それを思いとどまったに過ぎない。そして、ニュージーランドという「別の田舎」にそれを求めて移住先として選択したのである。自分自身のロハスのために。

は、その目論見は、ニュージーランドに移住してみて成功したかというと、ある意味では正解だったと思っている。だが、上に書いたように、それは「ニュージーランドだからロハス」という直接的な関係ではなく、あくまでその間に「釣り」というものが私の場合介在し、その上での「わたしのロハス生活」なのである。釣りが私自身のロハスとニュージーランドを結びつけ、結果として自分自身のロハスを実現するための糸口となっている。だがせっかくニュージーランドという国にやってきて「ロハスな生活」を目指す以上、釣りだけではもったいない。釣り以外についてロハスとニュージーランドを関係付けて考え、実践していくにあたっては、まだまだ今後、私自身の知見を広げていく必要があるだろうと思っている。だが、その前に「ロハス」を抜いた「ニュージーランドで生活」という事自体について私なりの中間決算を発表しようと思う。

(つづく)
posted by Dobby at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ロハス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/34394300
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック