だが私の場合は実際にニュージーランドに来て見ると、新しい”ライフスタイル”という格好の良い言い方以前に”現実の生活”そのものをまずは確立するという事に追われる事になり、なかなかロハスなライフスタイルに移行するということ自体、非常に難しいという事がわかってきた。ロハスを消費活動という観点で見た場合に、そのライフスタイルを実現するという目的が第一義にあるならば、絶対的な収入がニュージーランドに比べて高い日本で生活する方が早いであろう。車はトヨタ・プリウスに乗り、野菜はオーガニックしか買わず、なんていう余裕のある生活は日本の方が明らかに実現しやすい。実際の話。
例えばニュージーランドの野菜は実はかなりの部分中国産であり、かつ、農薬まみれであるという。ニュージーランドに来て美味しいなと思った数少ない食べ物の一つ、ブロッコリー、カリフラワー、アスパラガスも実はそんな中国産が大部分らしい。これを知ったのはつい最近であるが、大ショック!である。農薬まみれと言う事は当然、自分自身の健康に悪いという事に加え、それを日々せっせとみんなで購買すると言う事は、環境に良くない事をしている野菜生産者を手助けしているという事になる。健康にも悪い、結果として環境に悪い事を自らしているという事にもつながる、まったくロハスな指向とは逆行する話なのである。オーガニックも勿論買えるが、ニュージーランドの家庭の平均的な収入に対する価格は、日本以上に高いだろうと思う。実際問題、日々の生活に汲々としている今の私にはそんな余裕は正直まったく無い。それでもニュージーランドでロハスなライフスタイルを実現しようとする場合は、例えば大金持ちであったり、それなりの蓄えを持ち日本から年金なども受け取りながら悠々自適な引退生活を楽しむというパターンであれば、もう少しロハスなライフスタイルやスローライフへの道は短いのかも知れない。だが私は大金持ちでも年金受給者でもない。だいいちロハスの意味自体、未だに良くわかっていない。もっと言えば人生の意味もよくわかっていない。
そんな私であるが、ロハスという言葉が包含するいくつかの言葉のうち私自身の中での最重要なキーワードは"Sustainability"の部分である。そしてそのSustainabilityも、大小直結で地球環境・自然とのかかわりの中で(精神的な部分を含め)自分自身をどう維持していくのか、という捉え方をしたいと思っている。仕事や人間関係、それに移民として立場、社会人としての立場など地球と自分の間には様々な重要で維持・発展させていかなければならないテーマはあるだろう。どれも大事な事でおろそかには出来ず、おろそかにしようものならそれこそ生命維持もおぼつかない。
生活の為に仕事をしなければいけないのは当然であるが、日本にいるときは仕事を生活のためと捉えるよりは、むしろ単にエキサイティングで楽しい趣味として捉えていた。おまけに仕事にはもれなくセットで人間関係がついてきて、それも楽しもうと思えばそれなりに楽しめた。そういう生活は楽しめるだけに熱中できたし、それこそ寝食を忘れて打ち込んだ。家庭を持たない事もあり、仕事に打ち込むこと自体誰にも文句を言われないし、自分自身もそれが当然だと考えていた。仕事を一生懸命やって批判されたらたまらない。そういう状態はある意味非常に好循環であった。楽
それなのに、そういう生活に疑問を感じ、リセットしたくなった。楽だけどマンネリ気味の生活に嫌気がさして、違う事をしてみたくなったといえば簡単であるが、かといって何か心の底からつきあげる具体的なやりたい事があったわけでもなく、さらなる成功を求めようとする野望や野心があるわけでもまったくない。このあたりの心理はいまだに自分でもわからないのであるが、別に珍しいことでも何でもない、むしろ最近増加傾向にある現象の様であるし、それを恥じているわけでもない。自分自身は「オレなんて単に飽きっぽい気まぐれな奴だからしょうがないさ」と思う事にしている。そしていったん舵を切った以上は出来ることならまた以前と同じ方向には向かいたくない。だが生活のためには自分の今までの人生での過去の蓄積(職業的技能や人間関係など)も駆使していかねばならない。移住当初はこのジレンマにも悩まされたものである。そう、そこにジレンマを感じてしまうという時点で、自分はそれほど強く本当にゼロから再出発だと決意しているわけでもないという事をもあらためて思い知らされる。そして、ロハスという言葉を、あるいは曲解?誤解?拡大解釈?して無理矢理「自分自身の維持・再生」もロハスなんだ!という考えをでっちあげ、方向性や生活実態は関係ない、自分自身の維持・再生に取り組む時点で既にロハスなんだ!という屁理屈をこねだすに至ったのである。
最近、それをやっと自覚できてきたので、その意味では心境の変化があったようだ。のほほんとした雰囲気漂うこの国で、単にいい加減さ・優柔不断さが増長してしまっただけかもしれないが、それもやはり無意識のうちにもニュージーランドでの移住生活は私の考えや心境自体を少しずつ変容させてくれているという事かもしれない。農薬まみれの野菜を毎日食べざるを得ないという矛盾を抱えながらも。
いずれにしても当面は上記の屁理屈でやっていくことにした。人生自体が屁みたいにならない事を祈るばかりである。
だがロハスという事を一つ一つの生活シーンで常に意識していく事は忘れないようにしようと思う。
今後、ニュージーランドで見つけた自分なりのロハス、あるいは逆にニュージーランドがロハスと思われているが実際は全然そうでないという面を見つけた時には、それらもあわせて両面をこのブログで紹介していければと思う。といっても、現時点では実はそれほど思いついていないのであるが・・・。
(つづく、はず)
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アボガドの食べ頃の色は料理の方法によって違うみたいですけど、木になった状態だと緑のままですからね(笑)
ちなみに、昨日ほったらかしの場所から何故か?「アスパラ」が生えてきたので、おいしく頂きました(笑)