ロトルアには、メジャーな英語学校は2つある。一つは
RELA、もう一つはポリテクニックの
Waiariki。IELTSの試験はワイアリキで行われ、各学校からあつまった受験生に対してのスピーキングの試験官は、ひいきがあってはいけないという事で、例えばRELAからの受験生にはワイアリキの先生が、ワイアリキからの受験生にはRELAの先生が、それぞれ試験官をやるようになっている様であった。なので、試験場に行くと、普段見慣れた先生もいて、「ハーイ!

」などと挨拶を交わす。
そしていよいよ、試験開始。ちなみに、当時、世界的に受験生による
カンニングがあまりに増えていたため、その対策が全世界的に強化されていた。以前日本で受けたときとはレベルの違うチェックの仕方である。例えば、鉛筆すら持ち込みできず、上着・荷物は全部別室にあずけて、ボディチェックもされるという念の入れよう。下手な空港よりも厳重である

。
何はともあれ、前夜ホストマザーのアンと
大ゲンカしてしまい興奮のあまり一睡もできないまま、コンディションは最悪で

、ボーっとはしながらも、リスニング、リーディング、ライティングとこなしていく。日本で受験すると今は2日間に渡って行うのが普通になりつつあるようだが、当時ニュージーランドでの受験では1日でスピーキングまで一挙に一日で済ませてしまうのであった。一番頭がボーとしていた初っ端のリスニングはかなり出来が良くなかった。となりの受験生が咳き込んだりして、それが気になったりして、集中力も散々だった。リーディングとライティングはそれなりに出来たと思った。そして、問題のスピーキング。問題のパート2で、やはりしくじってしまった。テーマが何だったかは、あまりにつまらないテーマだったので忘れてしまったが、あまりにつまらないテーマであったがゆえに想定もしていなかったテーマであった事は憶えている(笑)

。結局、言う事も思いつかず、テキトーにしゃべっては見たが、支離滅裂

。完全に沈没

。しゃべった事を本当にまったく憶えていない位、沈没

。
だが、試験が終わってみると、
開放感からか、さっきまでの眠気は霧散

してしまい、元気にアンの家に帰った。帰ってみるとアンも、何事もなかったように迎えてくれ「どうだった?」と聞くので「全然ダメだった

」というのもアレなので「まあまあかな。リスニングとスピーキングはちょっとしくじった

」と答えた。そして、試験が終わったと言う事はロトルアを去らなければならない事を意味した。試験結果は2〜3週間で出ると言われていたので、結果はオークランドで聞くことになる。何はともあれ、帰国までの残る1ヶ月を過ごすオークランドでビジネスイングリッシュコースを開催している学校をネットで探して、手配をつけた。
(
つづく)
posted by Dobby at 17:56|
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英語・IELTS
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僕の時のパート2のお題は「あなたの行ったことのある大学の建物について述べよ」でした。あまりにつまらなくて気絶しそうでした・・(パート3は「大学にはどのような施設が必要ですか?」でさらに失神)
「大学の建物について述べよ」は初めて聞いたパターンです。形容詞ばかり色んなパターンで使わないといけなそうで、難しそうですね。私のはもっと簡単でくだらなかったと思いますが、どうしても思い出せません(笑)さらに「大学にはどんな施設が必要か」ですか!かなり辛そうです。私ならそれこそ日本語でも即座には思いつきません(笑)。いくつか一般的な施設をあげつらって、自分があれば良いなと思う様な施設を一つ二つあげれば良いのかも知れませんが、、、、などと、こう書いているうちにもまだ思いつきません(笑)