何はともあれ、車を降りて釣り支度をした。今度はウェイダーでたち込むほどの川ではなく、岸から充分できるので、アンにバケツと網を持ってもらって釣り上がっていった。通常、川の釣りでは下流から上流に釣りあがっていく。魚は上流を向いているので、気づかれずに順番にポイントを探っていけるというメリットがあるからだ。だがアンは気が短いので私が抜き足差し足で釣りあがるのを待ってはくれない。どんどん上がっていって「魚なんていなそうねー」などと言っている。アンには悪いが、「ほら釣り人が来るわよ、逃げなさい」と、まるで魚を逃がしてやっているようなもんなんだけど・・・
相変わらずアンはどんどん先を行っては立ち止まって私が追いついていくのを待っている。・・・少し恨めしかったが文句は言えない。一人で釣りに来るのはまたいつでも来れるしなと思うことにして、何はともあれ目の前のポイントポイントに集中して釣っていった。結局1時間近くも釣り上っていったが、魚の姿を見たのはさっきの一度だけだったので、やっぱりさっきの魚が居たところに戻ってみようと言ってU ターンした。さっきの場所をはっきり憶えていなかったので、ココであろうかアソコかしらんとやっていると、またまた失敗してしまった。さっきの場所とは微妙に違うがまた魚が逃げて行くのが見えたのだ。あー、またやってしまった
それから10分ほどたち、今度は本当に抜き足差し足でしかも川に影をおとさないくらい岸からは距離をとって、さっき魚が逃げて行ったほうにフライを投げた。だが反応はない。逃げる前の場所にもどっているのかも、と思い、そこも流してみた。無反応。やはりナマズも釣れないうちからマスにチャレンジしたのは許されなかったなと思い、潔く竿を置くことにした。竿をたたんでアンの待っているところにいくと、アンが嬉しそうに「オー、もう仕舞ったのね」
家に帰るとローレンスはまたまた昼寝をしていたみたいで、起き上がってきた。釣れなかった旨を伝えると、さもあらんという感じで「釣りと狩りは自然が相手だから、うまくいかない時もあるじゃろ」みたいな事を言ったと思う。「わしも若い頃は朝早く起きてよく狩りに行ったが、そんなことは何度もあった」みたいな事も言った。私も元々釣れたらめっけもんくらいの感覚だったので、釣れなかった事はそれほど気にしていなかった。いや負け惜しみでなく、本当に!
釣りから帰った後の午後はアンのコンピュータのウイルスチェックをしたり、Spybotをインストールして使い方を教えたりして過ごした。アンは私が以前来たときにコンピュータの便利さを垣間見たらしく、私が日本に帰ったあとDELLのコンピュータを買い、それ以来私たちはメールで連絡をとりあってきたのだ。70歳にもなってから始めたコンピュータでよくもまあここまで来たものだと失礼ながら驚いているのだ。アンはスパイダーソリティアが大好きで、一人のときはえんえんやってしまうらしい。それを聞いて知っていた私はカードゲーム・ボードゲーム101というソフトをオークランドで買って、お土産に持って来ていた。そのソフトをインストールして使い方を教えてあげたりもした。だがいちばん大仕事だったのは、マニュアル書きだった。ゲームではなく、デジカメの使い方のマニュアルである。以前、私の後にホームステイしていた50代の日本人のおじさんが、帰るときにアンのためにデジカメを残していっていたのだ。アンは使い方がわからずずっとほったらかしにしていたのだが、やっとアンの役に立てるときが来たと思って使い方を確認してマニュアルを書いてあげた。当然英語で書くので結局半日仕事になってしまったが、実物で説明しながらなんとかかんとか基本的な使い方を理解してもらった(と思う)。
その晩は3人で街のレストランで夕食だ。「Sizzler」というレストランだが、日本にあるものと一緒なのかどうかはわからない。そこでビールとステーキを頼んで待っていると、ローレンスが何かそわそわキョロキョロしている。何かを察したアンが「いいわよ、行きたければ」と言うと、「いや、なんじゃ、いいんだ」みたいな事をモゴモゴと言ってしばらくは座っていたが、結局どこかに行ってしまった。トイレか何かかと思ったのだが、アンが「ローレンスはこういうところに来るといつも友達を探し回るのが癖なのよ」という。あー、ローレンスらしいなと思わずにんまりとしてしまう。ローレンスが戻ってくるとアンが「誰か居た?」と聞くと「あー、××があっちのテーブルにいたよ
そうこうしているうちに、料理がやってきた。こちらのステーキははっきり言ってあまりおいしいのを食べたことがないのだが、ここのは意外とやらかくておいしい方だった。ただ、そのボリュームには閉口してしまうのだがなんとか食べきった。犬のパップにいくらか残してもって帰った。支払いのときに、当然私が全部払うべきだと思い申し出たが今日はローレンスのおごりだという。うーむ、ここまでしてもらって良いのだろうかと思いながらも、素直にご馳走になることにした。多分これは以前私が日本からローレンスの誕生日に送ったハッピのお礼なのだろうとも思ったのだ。去年の11月にローレンスは70歳の誕生日を迎え、大きなパーティをやった。自分の農場にサーカスで使うような大きな天幕を2つ設置して盛大にやったらしい。それを事前に聞いた私は、お祝いに日本のハッピ(後ろに”祭”、襟に”若頭”と書かれた赤いの)と黒い着物をローレンスとアンにそれぞれ送ったのだ。そうそう”一番”と”万歳”と書いた鉢巻を添えて。パーティだろうから少々ちんどん屋みたいな方が面白いだろうと思って送ったのだが、2人はちゃんとそれをみんなの前で着て写真まで撮っていた。事前に「あくまでパーティの時だけ用だから」とは言っておいたのだが、写真を見ると、やはりそれはかなりインパクトの強いものだった。だが写真に写っている他の人たちの顔も楽しそうな顔だったので少し安心したものだ。
家に帰り着いて、しばらくラグビーをみんなで見ていたら、猛烈に眠くなってきてしまったので、もう寝る、とアンに言うと「明日の朝も天気がよければ釣りに行く?」と言う。アンは歓迎すると決めたら徹底的に歓迎してくれるのだ。本当に頭が下がる。だがさすがにそれは悪いし、釣れる気もしなかったし、実際疲れていたので「いや、明日はもう帰る日だし、疲れちゃったからゆっくり寝たいんだ。ありがとう。おやすみ」と言って寝に行った。この日もすぐに眠れた。魚は釣れなかったが、とてもとても充実した一日だった。いや、本当に!
(つづく。次回はいよいよ、というか、やっと!?最終回。たぶん)





